【神話の島 隠岐を訪ねる】晩夏のロングツーリング Part.4 ~隠岐のクライマックス 西ノ島で天空を走る

こんにちは、離婚・退職して世界1周を目指す歯科医ライダーの管理人です。

前回までで、中ノ島→島後を走り、隠岐諸島最後の目的地 西ノ島に向かいます。
➡【島後にて巨杉を巡り 強風の野営】
国分寺を出る頃にはやや時間ヤバめであることを自覚していましたが、案の定スーパーぎりぎり滑り込みセーフで出航に間に合いました。
固縛承諾や乗船メモの記入と料金の支払いがあるため大急ぎで手続きを済ませ乗船しましたが、そのため西郷港での乗船動画を撮り損ねてしまいました。

魔天崖へ

西ノ島 別府港にて下船。
この島でのルートも全くもって未定なのですが、

島の西側は日本海の荒波によってつくられた絶景ポイントが多数あるようなので、明るいうちにその界隈へ向かおうと思います。

島の西側に近づくにつれ、今までを凌ぐ爽快感が次から次へと訪れます。

牛歩に行く手を遮られながら魔天崖へつづく道を行くと、頂上付近にママチャリでここまで上ってきた学生さんがいました。
なかなかやるなぁ笑

魔天崖への道も、この後紹介するスカイラインに負けず劣らずまるで天空を走っているかのような道路でした。
本土でここまでの感覚に至れる道は、そんなに多くないでしょう。

折り重なる岡の向こうに海が見えるのも、島ならでは。

 

さきほどの学生さんとお互い写真を撮り合います。

この方角は南西方向を見ているので、国賀海岸方面の絶壁が見えているんでしょうか。

魔天崖付近頂上へたどり着くと、そこはもはや緑の絨毯に。
荷物おろせばぎりぎりゲートを通れたかもしれませんが、ウシやウマがのんびりとしているので、バイクは手前に置いて歩いて行ってみます。

偏差値教育でコテコテに仕上がった蝋人形のような立派な社会人たちが蠢く都会の雑踏で、今もまさに無意味で不毛な事象が無数にやりとりされているであろうこの時間が共有されているとはとても思えないような不思議な感覚になります。
かくいう管理人もコテコテの偏差値教育の行きつく先でメシ食ってます。

これが魔天崖じゃ。
目視ではほぼほぼ90°に近い角度で海抜257m まで一気にせりたった玄武岩の断崖絶壁。
こんなような絶壁が海岸線約7kmにわたってつづいているのです。

さっきの彼。
ねっころがりたくなるよねぇ。
管理人もまぁ人の事いえたもんじゃありませんが、彼も自転車でひとりでこんなとこに来るなんて、
なんていうか ちょっと変わってますね。

かれらは隠岐牛。
なんだけれど、かならずしも放牧地帯を歩いているウシ達みんなが隠岐牛じゃないんだとかなんとか、中ノ島で宿泊地の方が教えてくれたんですが、忘れちまった。

通天橋へ

魔天崖への道を島内側方向や少し戻り、やや南へ行ったところにはまた大きなみどころがあります。

ここは原動機乗り入れ禁止なので、上にバイクを置き 歩きで急こう配な先道を降りていきます。
この辺の舗装はすごくきれいに整備されてるもんですね。

提灯のようなきれいな花に傾きかけた西日が透き通ります。
ツリガネニンジンかな?

そしてこれが通天橋じゃい!
隠岐ジオパークのエリート 国賀海岸を代表する奇岩です。
こういうのの説明に「海蝕作用によってできて~」とあり、まぁそれは分かるんですが、なぜ中腹部分だけきれいにえぐられるんでしょうねぇ。

ツリガネニンジンには潮風と強風に耐えうる海岸特有の変異があるそうで、それをハマシジャンとか呼んだりするそうですが、これら隠岐の海岸に自生するのはなんなんでしょう。

海蝕で造形された岩の橋も、この過酷な環境で敷かれる緑の絨毯も、
その馴れ初めを目撃したひともいなけりゃ、おわりを見届けるひともいないわけで。

バイクへ戻る時、遊歩道の反対にある絶壁を見ると、この急勾配のなかウシが気持ちよさそうに草を食んでいます。
ん~中央アジア?

島の南へ 鬼舞スカイライン

通天橋を去り、そろそろ本日の野営地を探さなくてはならないのですが、ちょうどよさそうなオートキャンプ場は島の反対側に位置していたため、まずは南西端側を目指してみます。

この西ノ島 西側を南北に走る鬼舞スカイラインが、今回の旅でも最高のライディングだったといってよいでしょう。

沈みゆく太陽とアンニュイな西日は、明日の朝日への雌伏。

地面に落ちてる茶色いのは、今も明日もウシのクソ。

本当に空の中を走っているような気分でした。
はじめてバイクに乗った時、これは本当に翼だ と思った初心を 少し思い出した。

Tシャツ😥
鬼舞の動画はこのタイミングで当然撮影したのですが、どうもGoProの角度が上向きになってしまっておりわけわからん動画が撮れていたので、
これはせっかくだしまた明日の朝走りに来よう と良い口実ができたなどと考えておりました。

某オートキャンプ場へ

まるで犬のような仕草をする子ヤギをしばし観察したり

林道でウシとフル積載テネレを見比べたり

そんな自分にとっては贅沢な逢魔が時を堪能しつつ、本日の野営地であるオートキャンプ場へ向かいます。

テントを設営し、軽くインスタントラーメンを食べ終えた頃にはすっかり真っ暗になっちまいました。

キャンプ場はひとっこひとりおらず、

昨日は強風によりテントのフライがバサバサうるさくなかなか眠れなかったせいか、
この日はコットの上で目を閉じるや、気づいたら深く眠ってしまったようです。
よき道具に恵まれてということもありますが、ほとんど家と変わらないような質で眠れることはすごく大切なことです。
もっとも、これに関しては慣れが一番大きいとは思いますが。

鬼舞アゲイン

朝、今日もすがすがしい晴天なり。

長距離のバイクツーリングにミニギターを持っていくかどうかは、正直積載のことを考えるとデメリットしかありませんが、
それでも自分には必須の道具だと今回の旅で確認できたような気がします。

さて、昨日うまく録画できなかったからという口実をもとに今日は朝のスカイラインへ向かいます。
GoProの角度を修正し、再訪です。

↑これが、鬼舞スカイラインのメイン走行動画となります。
動画では映像と音しかないのでなんとも伝わりづらいものですが、気持ちよすぎるような晴天の中、海原も臨みつつひた走るこのスカイラインは、まさに天空を走るという表現にマッチするのです。

鬼舞スカイラインは牛の糞だらけであるものの、しっかりと舗装されておりある程度景色を楽しみながら走ることができます。
スカイラインの南端、地図上でも道はないため昨日はUターンして引き返しましたが、よく見ると未舗装の道がつづいているではありませんか。

ADVビッグオフにMotozのタイヤ履かせてるのに、これを探検せずになんたるや、とかよくわからん口実をまたひとり頭の中でつぶやきながら、内心ビビりながら先がどうなっているか分からない道をいきます。

だんだんと道が狭くなる度に よし引き返そう と思うのですが、その都度 いやもうちょい と先に進みます。
まぁいざとなったら荷物全部おろしてアクセルターンや!

ビッゴフで林道攻めまくってる変態おじさん達やハードエンデューロでもはや道とは言えない場所をイゴってるキチガイの方々(褒めてます)には余裕かもしれませんが、右側が断崖絶壁でどこまで支持のある道なのか分からないなかフル積載で走るのは、なかなかスリリングでした。

結果、おそらくここがこの謎の酷道の終着点なのだろうというところに至り、幸いそれなりに幅があったので、そろ~りとUターンして引き返します。

謎の林道→スカイラインへの復帰。
途中すれ違ったバイクは、昨日の自転車の彼です。
潰れた糞はいいのですが、けっこうゴロっとでかい石みたいな状態で転がってるのもあって要注意。

正直もう1往復してもいいんじゃないかというくらい楽しい道でしたが、スカイラインには放牧されているウシも多く、あまりバイクで往来するのは現地の方に迷惑かもしれません。
フェリーまでの時間もあったし、行きたいところがまだあるので、おとなしく港方向へと引きかえします。

由良比女神社と焼火神社

フェリー出航まで、まだ時間があったので ここ西ノ島で訪れておきたい場所を可及的にまわります。

そのうちのひとつ、由良比女神社。

 

鳥居の前にテネレを停め、かつて隠岐国で一ノ宮に定められた格式高い神社を訪ねます。

さらに奥にある鳥居の先の、整備され過ぎないこの雰囲気の拝殿。

境内にある詳細不明な祠の周りには、まるでそれらを守るかのようにキイロスズメバチの鮮やかなオレンジが目をひきます。

創建年代は不詳ですが、9世紀半ば仁明天皇の時世に官社に預かったとの記録があるとのことで、7~8世紀ごろなのでしょうか?
現本殿の建立も、明記がなく分かりませんが、隠岐最古の建立が1790年代であることを考えると、それと同じくらいか、19世紀初頭なのかな?
水若酢命神社などに比べると、このように向拝はメインの屋根と連続しているため、明確な隠岐造りではないようです。
ある意味孤立した島の中で、地理的に近接しているにも関わらず建立式に違いがあるのは興味深いですね。

神社のすぐ前にひろがる由良の浜は晩秋~年始にかけてイカが沢山押し寄せるのだといいます。
これは、かつて祭神である由良比女命が船にのって水をかいていたいた際、イカがその手に嚙みついたことへのお詫びとして、神社の前にある浜に毎年やってくるのだといいます。

にしても、このモニュメントというか看板というか、撤去してもいいんじゃない?
シュールなので、このままでもいいけど。

さて、由良比女神社をあとにし、次は西の島の南東側に位置する焼火山を目指します。
焼火神社に訪れてみたかったのと、西ノ島に生息するオキノウサギを、万が一でも目にできたらという動機です。

焼火神社へ向かう道は、動画の通り土砂崩れや倒木で道幅が狭くなっている場所も多く、現段階で車で行くのは無理のようですが、バイクであれば問題なく走ることができました。
ただし、他の舗装路に比べ荒れた部分も多く落石もまだ放置されたままだったので、注意が必要です。

フェリーまでの時間がありますが、まぁなんとかなるだろうと神社への石段をのぼりはじめるものの、
けっこう長い!
ろくに神社への到達時間も調べずにのぼりはじめちゃったけど、大丈夫だろうかと一瞬不安になります。

途中山道にて。
ヒョウモンチョウの1種だと思うのですが、北日本に分布が多いものの西日本では個体数が減少しているといいます。

石段を終え、さらに獣道のような参道を進むと、ようやく鳥居が見えてきました。

整備された観光地的神社とは違い、山の植物群にやや駆逐される過渡のような狛犬には 得も言われぬ迫力があります。
まだ午前中なのに、時折聞こえる ヒョエ~~~ン という鳴き声はたぶんトラツグミのそれ。
このシチュエーションでフクロウ類の鳴き声は、あまりに雰囲気よすぎだろ。

参道から左に逸れる石段があり、

のぼってみると、ほぼほぼ崩れ落ちる寸前のような祠が。

どれほど長い時間この詳細不明の祠を守ってきたんでしょうか?
祠がいよいよ崩壊した後も、この狛犬はずっとここで佇みつづけるのでしょう。

そしてその先、
木々に遮られた隙間から差し込む光にその一部が浮きぼられる狛犬とその阿吽つきあった間に続く参道は、
まるで何某の結界が張られたような緊張感を禁じ得ません。
霊感が強い方でもないし、スピリチュアルな事象に関しては話半分な管理人ですが、
この空間は背中がゾクゾクしたのは本当の事です。

狛犬の睨みを享受しながらその間を進んでいくと、大木の影にようやく拝殿と、その脇で巨岩にめり込むような形の本殿を目の当たりにすることになります。

祭神は大日孁貴尊といい、天照大神の別称とのことです。
創建は一条天皇の時世、10世紀頃とのことで、海上に生じた光の柱が降り立った地に社殿がつくられたといいます。

 

本殿の建立は1732年とのこと。
え?玉若酢命神社より古いじゃん。しまね観光ナビでは玉若酢命神社が最古と書いてますが、おそらく島前島後含め社殿建立物の中で最古なのはこの焼火神社の本殿のようです。
拝殿前面にある焼火山の標には菊御紋。

不敬にもここいらでテント張って一夜を過ごしたら神火を見ることができるかなぁなどと考えたりもしましたが、
フェリー出航まで時間が迫っていますので、惜しまれながらこの荒粗しい神社を去ります。

下山中、のぼってるときもずっと頭上をひらひらと待っていたアサギマダラがようやくシャッターチャンスをくれました。
急いで港へ向かいます、出航の時間が・・・!
当たり前といえば当たり前ですが、オキノウサギは目にすること叶いませんでした。

黒木御所へ立ち寄るか悩みましたが、まぁ国分寺いったし、時間もギリだからいいや と。
正直焼火神社が想像以上で、これ以上どこかを見て回るモチベーションを全て上塗りしてくれた感はあります。

ちょっと寂しい気持ちはありますが、
これにてフル積載テネレによる隠岐諸島巡りはお終いです。

丸々3日、島で過ごし わずかながらこの島の歴史的・地理的な特性に触れられ、そして学ぶことができてよかったです。
特に西ノ島はバイクで来た甲斐を存分に味わえるスカイラインや謎の林道、そして山中にひっそりと佇む古の社での異空間体験と この旅を特別なものとしてくれる体験が多かったです。

この後は、本土へ戻り 時間的な制約がぎりぎりになるところまで山陰海岸沿いにジオパークや景勝地を訪ねようと思います。

➡【神話の島 隠岐を訪ねる】晩夏のロングツーリング Part.5 ~旅の終盤へ 山陰海岸ジオパークを訪ねる

管理人の旅を支える道具達はコチラ!