【社会人としての準備】家族や友人に自分の意志を伝えよう

こんにちは、離婚・退職して世界1周を目指す歯科医ライダーの管理人です。

世界1周というと、今となってはありきたりな言葉となったような気がする。
世界1周クルーズの広告とかも、いたるところに貼られてたりする。

https://www.jtb.co.jp/cruise/sunprincessworldcruise2019/ より

なので ただ

「世界1周にいってくるぜ」

といっても、なんだずいぶん贅沢な趣味だなぁとか、豪遊するのねぇとかそんな感想が帰ってくることもある。確かに、どんな手段であれそれなりの資金がなければできないことではある。
クルーズ世界1周とか、飛行機を使って世界の名所を回るツアーとか、これは旅行代理店が企画したプランの中で行われるもので、安心・安全や清潔・優雅さが確約される一方で、ルートや目的地は完全に決められおり、あくまで一般的な観光という範疇で行動も制約される。要は、長めの海外旅行だ。
実は、バイクを使った世界ツーリングにもツアーがあり、それに関わる煩雑な手続きを代行してくれる代理店も日本に存在する。→海外ツーリングの道祖神:https://www.biketour.jp/

バイクの場合は時間もかかるため、世界1周というよりは「アフリカツーリング」とか「オーストラリアツーリング」みたいに国や地域ごとでツアーが組まれることが多いわけだ。
いずれにせよ、代理店をかませて旅をするとなると色々と制限があるし、行きたいとこに行きたい時に行くなんて身勝手は許されない。期間だって、数週間~長くても数か月で組まれるのがほとんどで、これのために仕事を辞めるとか、そういう話ではない。

https://bikeandphoto.ru/ より

バイクで世界1周

それは、安全や安心、セレブリティとはかけ離れた世界。唯一、日本国籍であることを証明するパスポートと旅の資金をあてに、行きたいところに行きたいように行く。誰も守ってはくれないし、常に(時には死の)危険と付き合っていくかわりに、何にも代えがたい自由を手にすることができる。
移動手段としてバイクは圧倒的だ。ガソリンさえあれば、本当にどこへでも行くことができる。それは車では得られない身軽さと、バックパッカーには不可能な機動力を両立している。だからこそ、「バイクで世界1周」には他の「世界1周」にはない独特なニュアンスが多分に含まれるのだ。
今まで普通に日本で社会人として生活してきた人間が、突然こんな世界に身を投じようというのであれば、残念ながらそれなりの準備が必要だ。それは道具がどうの~という準備のことではなく、社会人としての”身の振り”として という意味である。それは、会社や、家族や、近しい人々に、自分が「そういう事」を本気でやろうとしている事を伝える事から始まる。

長期の旅であること
時には危険を伴う旅であること
いつ帰ってくるかもわからないこと

特にぼくのようにそれなりに年収もあり、結婚もしていたような人間であれば、そのハードルは高いし、「なにを血迷ってるんだ、考え直せ」「今の生活でいいじゃないか」という声は当然ある。
ただ、自分の意志さえ固ければ、どんなハードルも超えることはできるはず。自分の人生観をつたえ、やらなければならないということを理解はせずとも納得してもらうことはできる。実際に僕は、奥さんであったり、奥さんの両親、自分の両親、職場の理事長・同僚に旅の事を話し、そして納得してもらい(ほとんど諦めに近かったが)、離婚をし、仕事を辞めるに至った。
社会通念からすれば、この上なく身勝手なことなわけで、それに対する罵詈と叱咤は覚悟しなければならない。ただし、自分の人生の主人公は自分でしかない。「これをやらずに死んだら、本当に後悔する、生きてきた・生きていく意味がない」と思えるのであれば、何よりもそれを優先してもいいのではないだろうか?
周囲の人たちに「バイクで世界放浪の旅」を話はじめたとき、ほとんどのひとは驚愕した。安定した収入と、家庭という安定した生活 これら全てを捨てて、何になるかも分からない旅をするといえば、それはそうなる。ただ、時間というのは偉大で、自分さえその意志を曲げずにいれば、やがて周りの人たちもその事に慣れて(?)くれるものだ。一番大事なのは自分の中に曲がらないモチベーションを保ち続けること。そしてそれを、正直に言葉を選んでまわりの人に伝えること。
これが旅を実現するために、最初に越えなければならない壁で、実はこれが一番大きかったりするかもしれない😊

仕事を辞めるべきか悩んだら
[世界旅のために仕事を辞めるべきか]  もご覧ください。