自分はどうやって生きていくんだろうか?

こんにちは、離婚・退職して世界1周を目指す歯科医ライダーの管理人です。

社会人として日々働くあなたは、今後自分がどうやって生きていくのだろうかって、考えるものでしょうか?

そんな10代のアイデンティティクラシスみたいなことではないけれど、
普通に就職して・結婚して~~と生活していると、自分が本当はどうやって生きていきたいのかなんて日常の中にどんどん埋没していくものだし、もしそういった自覚があっても多くの場合は社会と折り合いを付けざるを得ません。そうやって日常の中に埋没してくことにすら疑いを持たずに歩んでいけたらこんなことにはならなかったでしょう。
就職して結婚してしばらくは、目の前の仕事をこなすことに精一杯で、一刻も早く技術を身につけようともがくように仕事に勤しみました。ただ、経験が身につきある意味余裕がでてくると、ふつふつと自分はこのままに一生を終えていくのだろうか、自分が人生を実現する上で優先すべきことは何なのだろうか、という自問が出てくるようになりました。
なにがきっかけだったんだろうか?
小さい頃から世界地図と昆虫図鑑を見比べて、ここに行けばこんなすごい昆虫がいるのか と想像し、母親にブラジルを指さして「ここに行きたい」と言っていたのは覚えています。
学生時代にマイ図鑑の作成をはじめ、そこに登場する様々な生き物の生態写真を自ら撮りに行く なんて夢を妄想していたのも事実です。
いずれにせよ、マンションを買って、ローンを組んで、子供が産まれて、、、ごく一般的な幸せ像を想像しその未来に絶望する自分に気づいてしまったのです。

今は行こうと思えば世界中に行くことができる。それを、仕事とか家庭とかを理由にやらないって選択肢は、いよいよ自分にはないんじゃないか?
至極自分勝手な話ですが、いま上っている梯子がどこにかかっているのか、その先になにを見るのか、
一度立ち止まり、梯子を降りる決断に 自分で自分を追い込む必要があったのです。

自分の中で不思議なくらい強い決意が生まれ、それからは自分の考えていることを周りの人たちに伝えることから旅の準備が始まりました。まさに、準備の準備段階。
自分の両親、奥さん、奥さんの両親、職場の理事長・同僚、小中高・大学の同期、、、、
当然、「はいそうですかどうぞどうぞー!」となるわけがない。
特に奥さん。別にお互い嫌いになったわけでもない。でも、幸せのベクトルがあまりにもかけ離れていて、離婚という選択肢を取ることになりました。
じゃあなんで結婚したんだ と言われてみれば、なかなか苦しい。
ぼくの想像力が足りなかった、というのがせめてもの苦しい返答です。

職業人としてのキャリアもそろそろ10年になろうかという岐路に際し、
改めて思うことは沢山あります。
職業倫理、社会貢献、そして自己実現とか夢。
別に強くなりたいわけでもありませんし、尊敬されたいわけでもない。
社会的な名声なんてもっと興味ないですし、貨幣価値にもあまり意義を見出せない。
ただ、”本当に価値あること”のひとつだと、信念をもてることを見つけられた という朧げな実感は、今後自分がどうやって生きていくのかを悩むあらゆる場面で、強靭な牽引力を発揮してくれるでしょう。

どうやって生きていくかなんて、何の意味もないことかもしれません。
そもそも生きていること自体さして意味がない可能性もあるわけで、花が咲いては散っていくのと同じようなもの。
少なくともいまぼくらが認識できる世界の中では、そうとしか言いようがないでしょう。
だからこそ、意味を見出すのも、見限るのも ぼくらの心次第というわけです。
漫然と梯子をのぼりつづけるのもあり、一度梯子を下りて一息つくのもあり、
ただし、自分ののぼっている梯子が、どこにかかっているのか考えないのは、今は愚かだと思うのです。