【Italian Republic episode31】ただのGenova; ジェノヴァの徘徊録

こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。

Brindisi; ブリンディシにフェリーで着港してから、ほぼほぼイタリア半島を縦断して付け根の西側にあるGenova; ジェノヴァまでやってきました。Eric宅に世話になりつつ、この日はセンターへと散策にでかけます。

※この記事は2024年12月の出来事を書いています

ぶらりGenova

朝、Eric家を出発。この岬の先に建ってる家がEric邸の一部で、ロケーションは最高。朝起きると窓からは海が一望できて、

バルコニーからはミニ・チンクエテッレみたいな入り江が見える。

今日も天気悪いけど、まぁ12月の欧州なんで仕方ない。カメラをもっていざジェノヴァの観光へ向かう。
Ericの家はセンターからやや南の郊外にあるんだけど、時間もあるし 海岸沿いの道をずっと北に歩いていくことにした。

道の脇にはとんでもない豪邸がいくつも建ち並んでる。Albaro; アルバロ地区といって歴史的にジェノヴァの貴族や富裕層が別荘を所有してきたエリアらしい。

市街中心までやってきた。

Piazza della Vittoria; ヴィットリア広場にある Arco della Vittoria; ヴィットリア門.

天気は悪いけど、街のいたるところでクリスマスマーケットが開催されてるのはこの季節の最大アドバンテージ。

Via XX Settembre; 9月20日通りを通って西側に進んでいく。海洋貿易で栄えたジェノヴァには、当時富裕者たちがこぞって建てた豪邸や宮殿が今も街中に溶け込んでる。

旧市街への入口 Ponte Monumentale は修復中。

アブラークっぽい装飾が特徴的なポルチコを抜けると、

Piazza De Ferrari; フェラーリ広場にでる。

イタリア初の証券取引所 Palazzo della Borsa Valoriや、オペラハウス Teatro Carlo Felice が建ち並ぶ。

 

広場中央でもクリスマスマーケットが開かれてて、

ツリーに飾るオーナメントとか、巨大なチーズケーキとかがかわいらしい小屋で売られてる。

Porta Soprana; ソプラーナ門が見える反対側に

Via S.Lorenzo; サン・ロレンツォ通りを進む。

Chiesa del Gesù e dei Santi Ambrogio e Andrea

Chiesa del Gesù e dei Santi Ambrogio e Andrea.
1550年頃~1590年頃にかけてイエズス会修道士によって建てられたジェノヴァ・バロック様式の教会だ。

内装は緑と金を基調にした豪華絢爛な装飾。主祭壇にはルーベンス作「イエスの割礼」が飾られる。

両側廊。

赤、緑、白・・・イタリア各地から集められた大理石、各部にあしらわれたスタッコの精密な彫刻、

天井を埋め尽くす巨匠たちのフレスコ画を金箔が反射した鈍い光が照らす。
穿った見方をすれば、この美しい教会の富の財源は 当時侵略された南アメリカからもたらされた大量の銀だ。スペインが大量に持ち帰った銀は、実質的にジェノヴァの銀行家たちが管理して、手数料や利息で巨万を生み出したのだ。
先住民を大量に殺し、強制労働させて、文化を蹂躙したという影が、金箔の照らす光の奥に落ちている。

教会前の Piazza Giacomo Matteotti; ジャコモ・マッテオッティ広場でもクリスマスマーケット!

リグーリア海岸のカラフルな建物を描いたのかな? というかわいいチンクエチェントがこんなとこにも。

路上の画商たちと、

どっかで見た事あるような大道芸人の間を抜けて、

Cattedrale di San Lorenzo

Cattedrale di San Lorenzo; サン・ロレンツォ大聖堂が姿を現す。
現存する建物の建設が始まったのは11~12世紀で、その後何世紀のもわたって拡張や改修を繰り返し概ね17世紀頃に現在の姿になった。
本来は双頭になるだった鐘楼の片方はロッジアのまま途中で中断されていて、左右非対称な塔が特徴的。

白大理石とプロモントリオの黒い石灰岩でデザインされた縞模様のファサードは14世紀初頭に西側拡張の一環としてつくられたもので、尖頭アーチにゴシック様式がみられる。

主身廊・主祭壇と

側廊。

アマルフィ大聖堂やピサ大聖堂と同様、身廊を隔てる2階構造の列柱はアブラーク工法の白黒縞模様があしらわれている。
これで4大独立海洋国家のうち3つのそれぞれの大聖堂でほぼ同じ特徴をみることができた。

大聖堂の前の Piazza San Lorenzo; サン・ロレンツォ広場 から、更に西側へ 狭ーい路地を進んでみる。

薄暗い薄暗い路地の行き止まり。個人的にはこういう写真が一番刺さるし 撮っといてよかったぁ と思う。

生活感垣間見える路地を抜けると、

ちょっと賑やかな通りにぶつかって、

港町ならではの魚屋とかジモティ用の八百屋なんかもあって、

どんどん歩いてくと、

またまた色んな種類のパスタや、ジェノヴェーゼののったフォカッチャなんかもある。
そうだ、これ見て思いだしたけど ジェノヴァといえば ジェノヴェーゼか!

電動ジェノヴェーゼすり潰し器なんてニッチな機械もある!

そのままちょっと北側の Piazza Banchi; バンキ広場に出ると、

Chiesa di San Pietro in Banchi

双頭の鐘楼と 階段上につづくポルチコが特徴的な Chiesa di San Pietro in Banchi が建ってる。
1階部分を商店に貸し出すことで得た賃金を建設費用に充てたという面白いエピソードがあって、完成したのは16世紀末ごろ。

カラフルに装飾されたポルチコの天井と、交差ヴォールト。

単身廊の内部。主祭壇の上にみえるメインドーム基部の八角形と 後陣の半円蓋に施された彫刻。

教会内にはなぜか、バービー人形に司祭の服を着せたような Nostra Signora di Madhu; マドゥの聖母像が置かれていた。スリランカのカトリック教会で崇拝されるものらしい。

また吸い込まれるように薄暗い路地へ。
場所によってはラリったアフリカ系が路上でたむろってるエリアや明らかに売人風の輩が往来してるところもあって、近づかない方がいい雰囲気の場所も依然としてある。

1970~90年代、特にジェノヴァ旧市街の西寄り Via di Pre; プレ通りの入り組んだ細い路地はイタリアン・マフィアの路上犯罪の温床でスラム化して 地元住民が流出するほど危険だったらしい。時代を追って、その犯罪インフラを利用するかたちでアフリカ系移民がその主導権を握ってるみたいだけど、近年にかけては旧市街の再開発や町全体のグローバル化で ほとんど安全にはなってきてる。

ナッツとかドライフルーツが瓶詰で売られてる雰囲気抜群な店や、

看板のデザインが秀逸な魚屋を横目に歩いていく。

意外と今まで一度も見てない濃紺カラーのチンクエチェント!

Chiesa di San Siro; サン・シロ教会は閉まってて入れず、その間を抜けると

Le Strade Nuove e il sistema dei palazzi dei Rolli

Palazzo della Meridiana; メリディアーナ宮や Palazzo Gio Carlo Brignole; ジオ・カルロ・ブリニョーレ宮 が建ち並ぶ Piazza della Meridiana; メリディアーナ広場に出る。前者は1544年 銀行家 Gerolamo Girmaldi によって建てられたもの、後者は ジェノヴァ貴族 Giovanni Battista Brignole; ジョバンニ・バティスタ・ブリニョーレによって 1628年に建てられた個人の邸宅でいずれもここから北西~南東にかけて密集する [Le Strade Nuove e il sistema dei palazzi dei Rolli; 新街路群とロッリ制度] の一部として世界遺産となってる。

プリニョーレ宮の入口を支える2体の巨人像。かっこええ門構えだな。

雰囲気的に、南東側に向かって歩いていってみる。この通りが世界遺産の登録名になってる16世紀当時の Strade Nuovo のひとつ、Via Garibaldi; ガリバルディ通りだ。
海洋貿易とスペイン王室への銀行業で圧倒的な財を成したジェノヴァ貴族・銀行家、彼らがこぞって築き上げた邸宅群が ここにずらりと建ち並んでる。

1677年 Brignole-Sale; ブリニョーレ・サーレによって建てられた Palazzo Rosso; ロッソ宮

 

Niccolò Grimaldi; ニッコロ・グリマルティによって 1597年に完成した Palazzo Doria Tursi; ドリア・トゥルシ宮は宮殿群の中でも最大規模で、現在は市庁舎になってる。

1565年 Baldassarre Lomellini; バルダッサーレ・ロメリーニによる Palazzo Baldassarre Lomellini; バルダッサーレ・ロメリーニ宮

1565年 Nicolosio Lomellini; ニコロジオ・ロメリーニによる Palazzo Podestà; ポデスタ宮

Lazzaro Spinola; ラッザーロ・スピノーラによって1588年に完成した Palazzo Cattaneo Adorno; カッターネオ・アドルノ宮

 

1561年 Agostino Pallavicini; アゴスティーノ・パラヴィチーニによる Palazzo Pallavicini Cambiaso; パラヴィチーニ・カンビアゾ宮

Pantaleo Spinola; パンタレオ・スピノーラ により1558年完成の Palazzo Pantaleo Spinola; パンタレオ・スピノーラ宮.

 

ガリバルディ通りを南側に抜けたところに並んで建つ Palazzo Paolo e Niccolò Interiano; パオロ・エ・ニッコロ・インテリャーノ宮と Palazzo Ayrolo Negrone; アイロロ・ネグローネ宮。

と、こんな感じで、まだまだこの周辺にはこんなような16~17世紀の宮殿が密集していて、全部見ようとしてもきりがない(&狭い路地からだと画角的に写真を撮るのが難しい)。今では美術館だったり、銀行のオフィスだったり、はたまた個人宅だったりする宮殿群、ジェノヴァという街を認識する上では欠かせない要素でもあると思うから いくつか訪ねてみる価値はあると思う。
内部の見学は通常の美術館とかに比べてややハードルが高いけど、一般公開されてるものも中にはあるみたいだから、じっくり時間をとって観光できるならそういうのに申し込んでみるのも更に1ステップディープな探訪ができるかもしれない。

また路地に吸い込まれ、

茶ー休憩しつつ、

この猫の栓抜き欲しいなぁ、とかやってると 早くも暗くなってきた。

クラシカル~モダンな店構えが共存する街の、

無造作な張り紙や 無機質なビルの呼び出しボタンと、

雑居な感じがたまらないナイフショップを見ながら

Porto Antico

海岸エリアにやってきた。

せっかく一瞬良くなたはずの天気は絶望的に悪くなっていくけど、Ericに教えてもらったスポットに上ってコルニッシュと旧市街を一望してみる。そうか、さっきのチンクエチェントに描かれてたのはジェノヴァの海岸方向からみた街並みだったのか。

天気がよければ海の岬先まで歩いて行っていろいろ写真撮りたいところだけど、そんな気分にもならず、海に面した建物群の1階部分につづくポルチコの下に潜る。

レストランや魚介店、ドライフルーツ専門店・・・と色んな店が並ぶ。

この辺を入った路地も、場所によってはちょっとやばそうなとこもあったけど、

場所によっては電飾が燈ってすごく素敵だった。

Chiesa di San Giovanni Evangelista di Prè を終点に、ジェノヴァの散歩は終了。
かなり北側まで歩いてきちゃったから、

Principe 駅から電車で南側まで戻る。

どういうわけかタッチパネルが全然動かねー券売機

駅はこんな感じの雰囲気で、

ホームや電車は、思ってたより全然クリーンで洗練されてた。

てなわけで南側の Brignole 駅までもどってきた。

雨がかなり降って来たから、なんとか Eric宅近くまで行くバスを見つけて帰るのであった。

Eric家のハウス・サウナ体験

Eric は家の地下にサウナを持ってるってんで、この日帰ったあと 体験させてもらった。
パーツが家に届いて、後は完全組み立て式らしいんだけど、ブースが狭い分温度とかは十分銭湯とかにあるそれと同じ感覚だった。
サウナ好きの人だったらこりゃ手軽に家に建てちゃうのも納得。

この日も Eric が夕飯を作ってくれた、ありがとうEric

つづく

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