【Islamic Republic of Iran episode29】パサルガダエからペルセポリスへ、歴史を辿る道

こんにちは、グレートエスケープ中の管理人です。

街の美しさもさる事ながら、予想外の家庭訪問などで深い思い出ができたイスファーハーンを去り、更に南へ向かいます。次の大都市Shiraz;シラーズに至る途中に、歴史上重要な2つの地点を通っていきます。

ここまでのルート

Ali 家にさようなら

朝、一緒に朝食を支度するAliとMina

働き者のMinaは朝から何かの裁断をしている。

イスラーム近現代史が専門のAli には、特に現政権に対しては 人の立場によって実にいろいろな解釈があることを教わった。

イランの家庭に「1家に1台」、Tharmoval;サーモバル。

3晩世話になったAli家と別れて、次の目的地へと向かう。

SIM買い直しをするも・・・

出発後、まずはSIM屋へやってきた。というのも、国境越え直後に買ったSIMがどうにも不調で、なにを試してもダメだったからもう新しいの買っちゃったほうが早いだろ となったのである。
イランには Irancel と Hamrah e Aval の2つのキャリアがあって、Irancel が不調だったから Hamrah e Aval の店にやってきた。

結果、1時間半くらいかけて新しいSIMをアクチベートしようとしてもできず、結局完全な無駄足となってしまった。ただ、店員さんが状況を憐れんでくれたのか、お金はなしでいいよといってくれたのが救いだ。

Pasargadae

SIM屋での時間ロスが痛かったけど、なんとか急ぐ。

既に日が沈みそうなんじゃないかという頃に、

パサルガダエの遺跡に到着した。周辺は想像以上にお祭り状態。
パサルガダエはスサへの遷都前、ペルシャ帝国最初の首都があった場所だ。

たぶん、日本でも新年は神社の周りに的屋が軒並み現れるのと一緒で、Noo Luz に合わせて出店が沢山でてるんだろう。

入場して奥へ歩いていくと、

これがキュロス2世の墳墓(ということになっている)遺跡。イランでは建国をアケメネス朝の勃興と同一としていることから、ペルシャ民族からはそのアケメネス朝の創始者=すなわち建国者としてもっとも絶大な人気を誇るのがキュロス2世。

敷地は広大で、このバスみたいなのに乗って同遺構内にある要塞まで移動することができる。

満員だったけど、運転席にぶち込んでくれた。

このバスに乗ってる間に辺りは完全に暗くなった。

パサルガダエ周辺の夜店の様子。

沢山バザールを見て来たけど、それでもまだ見た事がないようなのが並んでいることがある。

屋台でサンドイッチを買って夕飯にした。もう暗いけど、今日はこのままペルセポリスまで走りたい。

ずっと敷地内を案内してくれた Ali. 絶対後からお金を要求されると思ったけど、全くそんなことはなく 純粋に親切だった。
この後、80kmほど走ってペルセポリスに到着、投宿。

Persepolis ~Nader と Hasam との出会い

後日、宿を出てペルセポリス遺跡への道を走っていると、たまたまタブリーズからバイク旅行に来ていたNader と Hasam に遭遇した。彼らと一緒にペルセポリス内を見学する流れになった。

広大なペルセポリス遺跡入口へと向かう道。やっぱりNoo Luz なので人出はかなり多い。日本で無理矢理置き換えるなら伊勢神宮的なポジションか。

入場ゲートを通過して、階段を上っていく。

ペルセポリスはアケメネス朝の首都。先のパサルガダエからスサへ遷都したダレイオス1世が、紀元前520年頃から都市建設を開始したらしい。
まず見えてくる巨大な門。

ダレイオス1世の次代、クセルクセス1世によって建設されたクセルクセス門。

この人面有翼で牛の脚をもった幻獣は、イラクの国立博物館でみた Lamassu と酷似している。

ペルシャ帝国の初期はシュメールの文化的な影響が強かったのかもしれない。

双頭のグリフィン。イラン航空のロゴにもなっている。

ペルシャ宮殿を支えた巨大な柱。アレクサンドロスに破壊された後、今の今までなお立ち続ける柱が残っている。

百柱の間。

アケメネスの兵士たちを象ったレリーフ。

敷地内にあるミュージアム。

かなりしっかりめの展示を見る事ができるけど、入場料は別途。なんか全部Hasamが出してくれた。

とにかく広いので、疲れたら休憩できる場所がある。
Farode;ファローデというレモン味のかき氷。

一画にて。

遺構内にある小高い場所に上っていく。

ペルセポリスのヒメアカタテハ。

Nader と。

ここはアルタクセルクセス3世の墓とされている。上段レリーフの左側で人物がそれである。

蓮の花の紋様はゾロアスターのシンボル。

さらに高台を横に移動していくと、

また違ったレリーフが見えてくる。

こちらはアルタクセルクセス2世の墓。

高台からの眺め。

Hasam, Nader と。

アパダーナ の列柱が 12本未だに立ち続ける。

レバノンのバールベックでみたやつほどではないけど、この巨大さ。

ダレイオス1世の私的な住居として機能していたと考えられているタチャラ。

その階段部分のレリーフ。

  

有翼日輪や、牛の尻に噛みつくライオンのレリーフ。
以前イラン国立博物館で見た石碑の多くは、同場所から発掘されたものも多い。

ペルセポリス、その名前の響きから 妙に強い憧れを抱いていたんだけど、その場所にバイクで来ることができた。
個人的に正直な感想をいうと、遺跡としての規模は圧巻だし見る価値は十分にある反面、管理され過ぎていてちょっと味気無さはあった。
以前に訪れた Takht e-Soleyman のような、やや放置されて誰もいないような遺跡のほうがワクワク感は強いよね。

ペルセポリスの遺跡を見終わって、3人でシラーズへ向かう。Hasam, Nader それぞれ愛車とのツーショット。

Shirazへ

ペルセポリスからシラーズへ向かう途中、昼飯休憩。

ドクターペッパー的な味の ZamZam. ザムザムって、メッカの湧き水じゃん。

シラーズに到着した後、夜に再び2人と合流。

テネレに乗るのがちょっとめんどかったので、例のごとく後ろに乗っけてもらう。

やってきたのは Tomb of Hafez (ハーフェズ廟).

棺と、それを守るドーム。

ハーフェズは14世紀のイランの詩人。一詩人の霊廟がなぜここまで豪華なのか、理由はよくわからないけど、イラクやイランでは詩人の銅像などを街でよく見かけることから、大きな尊敬の対象となってることはわかる。

ハーフェズ廟周囲の道には、工芸品を中心とした出店が沢山でていた。

その後やってきたのはなにやら喫茶店的な店。

テーブルにはイランの古い広告や映画のポスターが敷かれていた。

今まで見てきたのと少し違うスタイルの水たばこ。ホースではなくて完全なパイプ式だ。
イランでは水たばこのことを Khariyhun;カリユーン という。
結局この日は何から何までHasam が支払ってくれた。

管理人はチャイだけいただく。砂糖ではなくて、Nabhat;ナバートを溶かして飲む。

壁にかかってた古い中国製の自転車。

店内の様子と店外の装飾。
結局ほぼ丸1日つきあってくれたNaderとHasam、ありがとう!

つづく

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