【Republic of Iraq episode9】ぶらりKufa;クーファの街

こんにちは、グレートエスケープ中の管理人です。

Kufa の街では バビロンで出会った人に教えてもらった安宿に連絡をとり泊ることにしました。Google map には載っていないし、Booking.com や Agoda にも登録がないので、やっぱりアプリ使うだけじゃなくて地元の人に聞いて行動するのも大事だなと思った次第であります。

ぶらり Kufa の街

とりあえずクーファに着いた翌日から、適当に街をぶらぶらしてみる。

どうしても高田延彦に見えた、すまん。

イラクに来てから頻出の偽トライク。たぶんデフがない。

歩道と車道の区別は明確じゃなくて、歩道は舗装されてないところが多い。

 

とにかく中東は街のはずれに行くとタイヤ屋の類が沢山ある。

みんなそれぞれ行きつけを決めてるんだろうか。

雑貨屋 in Kufa.

チャイ屋の3人衆。

Kufa の街はイマーム・アリーの霊廟を擁するナジャフのすぐ隣というのもあって、イランや他のアラブ諸国シーア派の人々の訪問が多い。

まさにインフラ整備現在進行中という感じか、ショベルカーは日本製っぽいね。

キックスタートの125cc中華バイクってのも、毎日の足としてはなかなかいいかもしれない。

インフラ整備隊のみなさん。

ガチ勢過ぎて入会しづらいジム。

Grand Mosque of Kufa

しばらく歩いていると見えてきたモスク。
ここは クーファのグランドモスクの敷地。写真はその敷地の西側にあるMaytham altammar shrine .

入口でカメラは没収。シーア派のモスクは 以前にも言及したとおりムスリム/非ムスリムの如何に寛容な一方荷物とボディチェックが厳しい。

東に延びる道路を歩いていくと、

まるでfort; 要塞 のような壁に囲まれたモスクがみえてきた。カルバラやナジャフのHoly Shrine のような華美な装飾はなく、素のムカルナスを見たのはここが初めてかもしれない。

このモスクがつくられたのも7世紀ということで、イスラム初期の現存する最も古いモスクのうちのひとつに数えられる。

90年代以降にリノベーションが施されて、今はシーア派特有の装飾が随所を覆っている。

ゲートを兼ねる外壁の一部で靴を預けて再度ボディチェックを受けて内部へ。

やっぱりいくつかの棺が安置されていて、そのうちのひとつがここクーファで殺害された Hani ibn Urwa のもの。

モスク外壁内の広場では子供たちが走り回っていた。

Wudu;ウドゥの水場。

時計が無い時代にはこの石柱の影を使ってサラートの時間を知っていたらしい。それが現存している。

なんとも広くて気持ちのいいモスクだった。モスクには礼拝所や霊廟としての機能以上に、地域のコミュニティとしての力がある。それは中東に7か月旅いてよくわかった。諸々がシュリンクしていく日本の社会で、地域の繋がりの重要性が叫ばれる機会が増えているけど、神社にみんなで集まって居座るなんて文化はないし、赤の他人との接触を極力避けたい性質の人々には、なかなか真似し難い文化だと思う。

モスクを去って、また適当にぶらついていると 早くも日が傾いてくる。

埃まみれなのがまたなんとなく格好いいムスタング。

扉のニス塗装中。マスクとかグローブとかしない。

あ、歯医者。

てなわけで、ぶらりクーファの様子でした。

おまけ

クーファの安宿内。安宿といってもかなり清潔で、十分な広さだった。一泊約1,500円。
サウジやオマーン、カタールといったガルフ諸国だと一泊3,000円以下だとかなりひどい宿だったけど、イラク~イランにかけてはこの価格帯でもこれくらいの宿を見つけることができるのでありがたい。

つづく

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