【Italian Republic episode34】イタリア最後の街 Dolceacqua; ドルチェアクアを経て フランスに入国

こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。

インペリアの街で世話になった Claudioに別れを告げて、再びリグーリア海岸沿いの道を西へと進み 長かったイタリアの旅を終えてフランスへと越境します。

※この記事は2024年12月頃の出来事を書いています。

ここまでのルート

Samremoの街はスルーして

朝、Claudio と。
世話になりました、ありがとう!

遠くに Borgo d’Oneglia の街をみながら、

リグーリア海の沿岸道路まで下っていく。

Sanremo; サンレモの街、旧市街 La Pigna; ラ・ピーニャ に建つ Chiesa di San Giuseppe; サン・ジョゼッペ教会と山の斜面に建つ建物群が見えてきた。

サンレモ音楽祭とか、自転車レースのミラノ~サンレモでも有名な風光明媚な港湾都市で、オスマン帝国最後のスルタン Mehmed Ⅵ; メフメト6世が死去した場所でもある。ここもじっくり散策したら楽しいに違いないけど、港を少し見回ってからすぐに出発した。

中世の迷宮路地 Dolceacqua

リグーリア海岸沿いに走って、フランスとの国境間際のところで Nervia; ネルヴィア川沿いに少し北上。渓谷の途中にある「甘い水」という名の村 Dolceacqua; ドルチェアクアにやってきた。
印象派の巨匠 Claude Monet; モネが愛したインペリア県の隠れた宝石といわれる美しい中世の街だ。

村のシンボルは、川に架かる古い石橋 Ponte Vecchio と、その先の密集した「鷲の巣」家屋群、 そして丘の上に建つ Castello di Doria; ドーリア城 だ。右はモネが1884年に描いた作品だけど、今も140年前と変わらない景色がそこにあった。

ポンテヴェッキオは15世紀ごろにつくられたまま現存する500年選手。なぜか「ロバの背中」と比喩される綺麗なアーチを渡って、

Téra; テッラと呼ばれる迷路のような旧市街へ入って行ってみる。

「鷲の巣」村に足を踏み入れると、高層の石造りの住居と狭い路地で光が遮られて、急に世界が変わったかのように薄暗くなる。

不気味な置物と、地下への通路。

村の歴史に深く関わるジェノヴァの Doria; ドーリア家の黒い鷲と、モナコのGrimaldi; グリマルディ家の赤菱が組み合わさった紋章。

迷路のように入り組んだ通路は薄暗くて、狭い土地を有効利用するためにどんどん縦に増築された住居の石壁が両脇に迫ってくる。

西欧には「中世にタイムスリップしたかのような」といわれる街が沢山あるけど 実際には観光地化が進んでなかなか雰囲気が期待と違うことも多いと思う。

特にコロナ以降のオーバーツーリズムで、世界中どこにいっても有名観光地は観光客で溢れかえってることも多い。

だけどここドルチェアクアの旧市街は 管理人が訪れた時はどういうわけか誰もいなくて、本当に”中世”の面影を体験できる場所だった。

石畳の狭い坂道をのぼっていったところから見えたドーリア城。12世紀 ここを支配していた Ventimiglia; ヴェンティミリア伯爵によって最初に築かれた城郭は 13世紀にはドーリア家によって買い取られ、何世紀にもわたって拡張と改修を繰り返し、18世紀のオーストリア継承戦争で大きく損壊。遠目だと廃墟っぽく見えるけど、今では村の所有となっていて 中で色んなイベントも開催されるらしい。

 

また違う路地を通って坂を下っていく。
Archetti di sbatacchio と呼ばれる小さい架橋が幾重にも重なって、今まで見た事のない独特な路地風景がすごく印象的だった。

飾り気の無い堅牢な石の世界、大げさでもなくファンタジーの世界か あるいはRPGのとあるステージに紛れ込んだような感覚だった。

ドーリア家の兵士(?)が今で狭い路地を見張っている。

ここがイタリアラストの観光場所になりそうだけど、最後にほんと素敵な街の探検ができてよかった。

ドルチェアクアを去って、また沿岸道路へと戻る。

しばらく走ると、フランスの標識が見えて来た。

シェンゲン協定領域内はパスポートコントロールすら無く越境。
90日ルールはかなりしんどいけど、国境越えに全く労力がかからないのは まじでありがたい。

さて、濃厚すぎるイタリアの旅が終わってしまった。北イタリアの都市はほとんど行けてないし、バイクにとって最も魅力的なイタリアン・アルプスの道も行けてない。「魅力に溢れた」なんて言葉じゃ言い尽くせないほど魅力に溢れた街も まだまだ沢山ある・・・
正直イタリアだけで半年あっても足りないくらいだけど、限られた時間 そしてシェンゲンという制約と冬という季節を考慮すれば かなりよく走り回ったと思う。これから北アフリカへ渡って、また戻って来た後 きっとまたイタリアには入国することになるだろう。

つづく

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