こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。
Pompei; ポンペイの街に到着して Adele、Emiliano 夫妻の家にお世話になっている間 この街にある巨大な遺跡 そして Napoli; ナポリの街を見て回ろうと思います。
Pompei 考古学公園
朝から出発して、市内のほぼ中央に位置するポンペイ考古学公園に向かう。
昨日の夜きたロザリアの聖母聖堂が道中にある。
1872年に建っていた古い教会と、1920年の教会前の写真。当時既に電動トラムが走っていた。
考古学公園の前にあるお土産屋、
天使の羽が生えたち〇こ。ポンペイの遺跡と男性器には深い関わりがあるから、こんなお土産もある。
さて、ポンペイの考古学公園なる遺跡の中へ入って行くわけだけど、正直な話ポンペイ遺跡の敷地面積は超広大だ。それはもう圧倒的で、今まで見て来た広い遺跡のどれをもはるかに凌駕するような広さだった。
ポンペイの遺跡内で撮った写真だけで500枚を超えるので、今回は詳細は超割愛して、ポンペイの遺跡で特に特徴的な「壁画」や「床面モザイク」に絞って写真を紹介しようと思う。
西暦79年、ヴェスヴィオ火山の大噴火によって 一夜にして火砕流と火山灰に飲み込まれた街、
その姿を訪ねるデイトリップのはじまりだ。
Anfiteatro.
車道(当時は馬車)と歩道が分けられた石畳の道路。
Casa della Venere in conchiglia.
分厚い火山灰に埋もれていたことで、紫外線や湿気から守られて 2,000年近く経った今でもオリジナルのまま鮮やかに残る。
Taberna di Sotericus の中にあるイッヌの肖像フレスコ。
Casa della Nave Europa の中には、
当時一瞬で火砕流に飲み込まれ、生き埋めとなった人々の姿が石膏で再現されている。
子供に覆いかぶさるように守ろうとしたであろう人の姿も、表情こそわからないからまだ直視に耐えるといった感じ。
よく見ると、石膏が剥がれた下に頭蓋骨がみえる。
固まった火山灰の下で遺体が腐敗消失してできた空洞に石膏を流し込むことでつくられているから、遺骨は中に残ったままなのか・・・
ワインの発酵や貯蔵につかわれたとされる Dollium; ドリウムという巨大な甕。
Casa e Thermopoium di Vetutius Placidus に残るキッチンと壁のフレスコ画。
Insula dei Casti Amanti では、現在進行形で発掘作業が進んでいる。
18世紀頃から開始された発掘は今でも続いていて、総面積66ヘクタールのうち 現在発掘済なのは44ヘクタールにとどまる。
Casa dell’Efebo の中の壁画は、
いまにも動き出しそうな動物たちのモチーフが多い。
こんな大蛇が古代ローマ期の南イタリアにはいたんだろうか?
ちょこちょこ空想上の生き物も、まるで当時は実在したかのように紛れている。
躍動感あふれる牡牛と、床面モザイク。
Casa del Menandro
Casa di Ceii
当時つかわれていた顔料が、火山灰の高温などと化学反応を起こして生成されたとされる鮮やかな “Pompei Red”
Casa del Larario de Achille 内部、
Casa di Paquius Proculus の床面、鎖につながれた黒犬の迫力。
Casa degli Epidii
Terme Stabiane
壁面の彫刻と
アーチ下面の装飾。
Teatro Grande と、
Teatro Piccolo の観客席。
当時ポンペイの人口は10,000人以上、きっとこの通りも人々の往来で活気があったんだろうなぁ。
Tempio di Iside
Igor Mitoraj の Centauro像(1994) の前に広がる Foro. 北側にはヴェスヴィオ火山が見える。
フォーラムの周りには Tempio del Genius Augusti
Santuario dei Lari Pubblici や Macellum などが区画的に配置されてる。
ここには石膏がなくなったのか、遺骨が露出したご遺体があった。
Foroに残る列柱 と Tempio di Glove
Foro から北側への門となる Archi Onorari
Terme del Foro と、Thermopolium に残る居酒屋のキッチン痕。
Casa del Poeta Tragico の床面にいる 黒犬 もまたすごいセンス。
ほぼほぼ敷地の北西まで歩いてきた。
Santuario di Apollo
エンタブラチュアがわずかに残る列柱群。
Basilica には、煉瓦を積み上げたような特徴的な柱が並ぶ。
Casa dei Mosaici Geometrici の床面モザイクたち。
Palestra dei luvenes
と入口の床面。
サイト南西部の路地。
Casa dalle Pareti Rosse 内のフレスコ画
ここの赤も、Pompei Red なのかな。とても2000年前のものとは思えないような鮮やかさだった。
Lupanare にあるフレスコ画は、18禁シリーズ。
古代ローマでは、現代でいう「猥褻」な描写にはそういうネガティブな印象はなく、いたって日常的に普通の装飾として用いられていたらしい。今の感覚でいえば、一般家庭の壁に春画やポルノが飾ってあるような感じだろうか。
でも、売春宿のメニュー表だったって説もあるらしい。
18禁つづきで申し訳ないけど、今度は路地の外壁に彫刻されたチ〇コ。
これは Phallus とよばれて、古代ローマでは一般的な魔除けだったり 富・繁栄の象徴だったらしい。こうやって、普通に街のパン屋や浴場に飾られていたんだと。ただ、これも売春宿の標識だったという説もある。
Casa dei Dioscuri
Casa del Fauno
このファウヌス家の床面には、どんなに世界史に興味がなくても一度は教科書とかで見た事があるはずの 「イッソスの戦い」のモザイク画がある。残念ながらここにあるのはレプリカで、ホンモノはナポリ国立博物館に収蔵されてる。
左側 マケドニアのアレキサンダー大王が、右側 アケメネス朝ペルシアのダレイオス3世を破った場面だ。
Casa dell’Ancora の特徴的なモザイク。
Casa dei Vetti
玄関口の壁画には、男が自分の巨大なものを秤皿に乗せて重さを測るというぶっとんだ絵が描かれている。
うーん、現代でも通用しそうなくらい写実的。
ヴェッティ家の別室にあるこの壁画が、個人的には最も繊細なタッチで描かれているように感じた。
背景色の赤と、人物像部分の黒塗りのコントラストが毒々しくて ステレオタイプな古代のフレスコ画のイメージとは一線を画する。
もはや壁画というより、額装の無い絵画が沢山貼りついているような様だった。
北西部の路地。
Casa di Cecilio Giocondo の入口にあるモザイク、は鹿かな?
Terme Centrali
Casa di Marco Lucrezio Frontone
概ね見終わったかな、という頃には すっかり日が暮れてきてしまった・・・
場所によってはもうぼちぼち扉が閉められて中に入れなくなってきたので、このくらいにして引きあげるとしよう。
朝から丸1日歩き回ったけど、これでもまだ見きれてない場所がある。
ポンペイを詳細に見て回ってコンプリートするなら、最低でも丸2日必要だと思う。
サイトの南西部の道から、出口に向かって ポンペイ考古学公園の見学終了!疲れた!
Castellammare di Stabia
遺跡を見終わった後は、Adele と合流して 少しだけ南側にある Castellammare di Stabia; カステッランマーレ・ディ・スタビア というところにやってきた。
Cassa Armonica とよばれる、演奏用の円形野外ホール 1911年製。
Concattedrale di Santissima Maria Assunta e San Catello; 聖母被昇天大聖堂。
16世紀に建設がはじまって、大きく遅延した後 1893年に完成している。
西側ファサードにある扉のひとつ。
中央身廊と主祭壇。
南側側廊の一画は サン・カテッロ礼拝堂 となっていて、主祭壇は無人なのに こっちには人が沢山いた。
路地を歩いていくと、
雰囲気抜群なお店を発見、
Presepe; プレゼーペという キリスト教に関する1場面を精巧なミニチュア模型にした工芸品が売られていた。
特にナポリ産のプレゼーペは Presepe Napoletano と呼ばれる。
おなじく、ナポリ名物の Cornetto Rosso; コルネット・ロッソ や、ナポリの伝承精霊 Munaciello; モナチェッロ の置物。
もうヨーロッパはすっかりクリスマスの準備段階にはいってきたみたいだ。
つづく