こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。
ベアリング破損というハプニングに見舞われるも、親切な現地のライダー Arnaud の助けで難を乗り越えた翌日、
スペインとの国境に向けてまた走りだします。
※この記事は2024年12月頃の出来事を書いています。
Camargue のフラミンゴたち
Arnaud と Carine に礼を言って、予想外の寄り道となった マルティーグ郊外を後にする。
今日も突き抜けた快晴。
ちょっとフランスっぽくない、野良牛や放棄された謎車両。
この辺は、Rhône; ローヌ川が地中海に注ぐデルタ地帯で 小さな支流がいくつもある。
特に少し北側にある Arles; アルルで分岐した Petit Rhône; プチ・ローヌと Grande Rhône; グラン・ローヌに挟まれた一帯は Camargue; カマルグと呼ばれる湿地帯で、大部分が自然保護区、一部はラムサール条約に登録されている。
カマルグは、フランスでは珍しい稲作地帯でもあって フランスで行われる稲作のほぼ全てがこのエリアに集中してる。
一部の農家は日本のアイガモ農法を導入してるとこもあるらしい。
「カマルグの白い馬」を発見することはできなかったけど、点在するラグーンにはフラミンゴの群れを見つけることができた。
こういう時のためだけに、望遠レンズを持ってきた甲斐がある。
カマルグでみられる半野生の馬や牛のイラストが描かれてるのかな。
美しいピンク色のフラミンゴを眺めて、ローヌの作り出した広大な平野を抜けて、更に西へと走っていく。
ぶらり Montpellier
やって来た Montpellier; モンペリエ の街。
旧市街西側の入口にある Porte du Peyrou; モンペリエの凱旋門。
旧市街反対側の広場では盛大なクリスマスマーケットが開かれてるみたいだったけど、入場にはチケットが必要みたいだ。
とりあえずクリスマスマーケットは置いといて、東側へ 旧市街を歩いていく。
門はいって割とすぐのところにある Place Sainte-Anne; サント・アンヌ広場に建つ 元 Église Sainte-Anne; サント・アンヌ教会。
ネオ・ゴシック様式で 北西側の塔は首が痛くなるくらい高く聳え建ってる。
今は教会としての役割を終えて 現代アートの展示スペースになってる。
旧市街を東側へ歩いていく。
南仏の明るい雰囲気と、中世からの重厚な雰囲気がいい具合に融合したような 軽快だけど深みのある味わい深い路地。
人気のない路地から、ファストフード店も並ぶちょっとツーリスティックな通りを抜けると、
Place de la Comédie; コメディ広場にでた。
Fontaine des Trois Grâces; 三美神の噴水を中心に長楕円に広がる広場で 沢山の人で賑わってる。
奥に見えるのが1888年落成の Opéra Orchestre national Montpellier Occitanie; モンペリエ国立歌劇場 で、まるで古い潜水スーツみたいなドームと豪奢な装飾が映える建物がズドンと建ってる。青空とブルジョワ建築の外壁がなんともいえないコントラストで👍
コメディ広場から、またふらりと路地に入り込んで歩き回ってると、
天保通宝が門脇を飾る和喫茶や、
石造りの外壁に溶け込んだ素敵な和雑貨屋さんがあった。
最近では日本でもこんな素敵な和雑貨屋はなかなか見つからないぞという雰囲気で、
店主が拘りで集めた日用品からこけしまで、いろいろあって楽しい。
店主から激励の言葉をもらって、また徘徊再開。
旧市街南側に建つ Église Saint-Roch de Montpellier; サン・ロック教会.
ジェノヴァでみたサン・ロレンツォ大聖堂と同じように、資金不足で鐘楼が未完成となったファサード。
1867年頃完成のネオ・ゴシック様式のカトリック教会で、サン・ロックは街の守護聖人だ。
教会側面に見える肋骨のような細い柱様の構造物は Buttress; バットレス といって、ゴシックの高い天井から発生する強い側圧を外壁から支えてる。
イタリアの雰囲気が好きか、フランスの雰囲気が好きか、それともイギリスの雰囲気が好きか、自分がどれに当てはまるか知りたければ 60年代のそれぞれの国の自転車を見た時にどれが一番ぐっとくるかでだいたい分かる。
管理人はイタリアなんだけど、こういうちょっとした看板とか、バルコニーの雰囲気は 往年のRene Herse とか Alex Singer のランドナーに通ずる空気感を纏ってる(ような気がする)。
そんな空気に満ちた路地を今度は北側へと歩いて、
Cathédrale Saint-Pierre de Montpellier; サン・ピエール大聖堂にやってきた。14世紀にあったずっと小規模な礼拝堂が1536年に大聖堂へと昇格、その後の戦争による破壊と17,19世紀の大規模な改修や拡張を経て 現在みられる要塞のような姿になった。現在もモンペリエ大司教区の司教座がある。
この特徴的な見た目は、ゴシック様式の中でも gothique méridional; 南フランスゴシックと呼ばれる様式で、元々の発生由来が軍事建築から引き継がれてることによって北フランスのゴシックより、少装飾で頑強・戦闘的なフォルムをしてる。うん、かっこいい!
残念ながら、中には入ることができなんだ。
鐘楼の隅にいるガーゴイル達と、ファサードに建つガビット様の入口天蓋。これはバチカンのサンピエトロ大聖堂 大天蓋バルダッキーノを模したらしいけど、全然似てない・・・
サンピエール大聖堂のすぐ横に建つのは、モンペリエ大学医学部。
現在も存続する世界最古の医学部だ。創建は12世紀後半~1220年頃にまで遡る。
入口前には、モンペリエ大医学部卒の偉大な外科医 François de Lapeyronie と、生理学者 Paul-Joseph Barthez の像が並ぶ。
まだまだ魅力の尽きないモンペリエだけど、ぼちぼちお暇しようと 西側の凱旋門へ戻る。
そういえば、モンペリエでは地元のストリート・フォトグラファーに写真を撮ってもらった。
西日の差す街を後にして、
とりあえず給油。
ビッグタンクほぼほぼ満タンで、だいたい7,000円弱(当時レート)吹っ飛ぶ・・・
スペインとの国境を目指して走るも、
国境手前にて暗くなってきたから、近くで野営地を探すも さすがに南仏海岸付近だと 誰にも発見されないで済みそうな場所が絶望的に見つからない。キャンプ場に行ってみても人がおらず、はたはた困り果てて、最終的に小さな工場町のような場所で 超絶狭いワンルームをとることができた。
イタリアには33日間滞在した内宿代を払ったのは初日アルベロベッロのキャンプ場と、ブスカ火山の後に逃げ込んだ山中の宿の2日だけだったのに、フランスでは既にニースでの2泊とここで3泊分も宿代をつかってしまった・・・
つづく