こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。
ジェノヴァを後にして、フランスとの国境へ向けて海岸沿いをどんどん西へと進んでいきます。
※この記事は2024年12月頃の出来事を書いています。
ここまでのルート
ついに雪か…
Eric に礼と別れを告げて また西へ西へと進みはじめる。
途中、内陸方向にちょっと寄ってみたい場所があったから 海岸沿いの道から山間に入るものの・・・
すぐに道脇には雪がみえはじめた。
リグーリア海岸沿いの地形は山がすぐ海岸沿いまで迫ってることもあって急激に標高があがるのと、ここ最近の悪天候つづきのせいもあるっぽい。
まぁ雪があっても路面表面が露出してれば問題ないからそのまま進んでいくものの、
この道から更に目的地へと向かうシングルトラックの未舗装路は完全に雪に埋まってしまっていた。
行こうと思ってたとこには行けなかったし、指先はクラッチが切れなくなるくらいかじかんでるけど、この雪化粧を見れただけでもよかった。
この道はずっと内陸方向につづいちゃってるから、また海岸沿いへ来た道を戻る。
リグーリア海岸を Imperia へ
海沿いの国道SS1に戻ってきてひと安心、やっぱこの積載量&単独で雪はきついんよな。
憧れのイタリアンブランドのひとつ、OLMOを発見!今は Montana Bike という会社に引き継がれてるらしいんだけど、このお店が創業当時の販売店らしい。
カンパのコンポーネントで組まれた往年のレーサーも展示されてた。
曇天のせいで全然映えないカラフルな建物、
時計のついた14世紀の防衛塔 Torre Leon Pancaldo が特徴的な Savona; サヴォーナの海岸。
Leon Pancaldo; レオン・パンカルドは、史上初の世界一周を成し遂げたマゼラン一行のうち旗艦トリニダード号に乗船した航海士で、ここサヴォーナの出身だったことから、塔の名前になってるらしい。
同じく サヴォーナの海岸部に建つ Fortezza del Priamar; プリマール要塞.
1544年、ジェノヴァ共和国によってつくられた軍事要塞。サヴォーナもジェノヴァなどの海洋国家と同様に、海洋都市として自治権を認められてジェノヴァとは長らくライバル関係にあった。1528年、ジェノヴァがサヴォーナを征服した後、サヴォーナ市民の反乱を監視・抑制する目的があったらしい。
サヴォーナからさらに西へ、しばらくすると Noli; ノーリ の街の時計塔 Torre del Comune と San Pietro 教会の鐘楼が見えてきた。
高台に見える城塞、街中の鐘楼と時計塔、海岸に無造作に並ぶ手漕ぎのボート、、、こりゃあ晴れてる時に撮りたかった構図だなぁ。
街の西側に建つ11~12世紀 ロマネスク様式の古い教会 Chiesa di San Paragorio.
16世紀にサン・ピエトロ教会ができるまではノーリの大聖堂として機能してたらしい。
街中をくねくねとのぼる道を走って、高台に建つ Castello di Monte Ursino; モンテ・ウルシーノ城塞までやってきた。
元々はサラセン人に対する防衛として10~11世紀頃に建てられた城壁が起源になってるらしいけど、現在の姿は1552年に行われた大改修の後の姿。ノーリも、やっぱりサヴォーナと同様に小さいながら海洋都市として力を持っていて 特に1202年からはジェノヴァとの同盟関係によって自治権があったのだ。隣のサヴォーナとは「味方ジェノヴァの敵」ということで、敵対関係にあったのだけど 1528年、ジェノヴァがサヴォーナを征服した後も オスマン帝国という新たな脅威に対して 城壁を強化する必要があったのかもしれない。
高台から見えるノーリの街。小さな湾に面して 山と海に囲まれた地形は、なんか鎌倉をめちゃくちゃコンパクトにしたような感じだな。
モンテ・ウルシーノ城塞から、山肌を這うように城壁がつづいている。
現在は4基だけ塔が残ってるらしいけど、中世にはこの狭い街中に72基の塔が建ち並んでいたらしい。
サン・ジミニャーノの最盛期と同じ数だ。でも土地面積はサン・ジミニャーノより全然狭いから、一体どんな景観だったんだ・・・
ノーリを後にして、もう薄暗くなってきた海岸線を更に西へ西へ、
素敵な街はたくさんあれど、見て周ることができるのは そのほんの一部。
世界は広いというけど、広いというか”膨大”って表現が正しい気がする。距離にしたら地球一周はわずか40,000km.
既に地球を二周する距離を走っているけど、見て来たものは世界という概念が包含するものの”ほんのわずか”にすら到底満たない。
Imperia にて Claudio との出会い
Imperia; インペリアという街に到着した。
Adeleが拡散してくれた情報を見て イタリア各地から招待オファーを送ってくれた方のひとり、 Claudio を頼ることになっていた。
港の一画で待ち合わせをして、
無事 Claudio と合流して 彼の家に到着! テネレもガレージに入れさせてもらうことができた。
夕飯は Claudio の奥さんがつくってくれたパスタにチーズをたっぷり削り落としていただいた、おいしかったなぁー。
イタリアの家庭の味は想像以上にすごくシンプルだったけど味わい深くて、飽きがこない。
一生それしか食えない って言われたらきついけど、日本のご飯&みそ汁 以外に何か選べって言われたら シンプルなイタリアの家庭料理もありか・・・
つづく