こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。
フィレンツェに滞在している間 Brizy の家をベースとして フィレンツェの街を見て周ったり、テネレのメンテをしたり、L’eroica の街を走りに行ったりしましたが、あの”ピサの斜塔”で有名な Pisa; ピサの街まで電車ですぐいけるという事なので この日もまたぶらり鉄道旅に出かけようと思います。
※この記事は2024年11月頃の出来事を書いています。
Pisa の街へ
そんなわけでやってきた Stazione Pisa Centrale; ピサ中央駅.
駅前の通りを進んで街の北側に歩いて行く。
Piazza Vittorio Emanuele Ⅱ; ヴィットリオ・エマニュエーレ2世広場と Chiesa di Sant’Antonio Abate.
統一イタリア初代国王である彼の出身地はトリノだけど、イタリア各地に像が建ってる。トルコのアタテュルクにちょっと似てるなぁとか思った。
広場から川に向かってのびる通りのひとつを歩いていく。
ピサといえば、=斜塔しか思いつかなかったけど こうして街を歩いて見ると なんてことない路地もなかなか味わい深いもんだ。
ピサは、アマルフィ海岸で訪れたアマルフィ そして北部にあるGonova; ジェノヴァや Venetia; ヴェネチアと同様 事実上の独立海洋国家として 11世紀頃から栄えた。12世紀頃に最盛期を迎えるけど、ライバルであるジェノヴァ共和国に敗れた後衰退して、最終的にはフィレンツェ共和国に併合される。
この味わい深い町並みは、そんな中世の頃から何世代にもわたって改修・修繕を経て来たものが 今に残る歴史地区の面影といえるかもしれない。
そんな旧市街の一画で、我らが北斎先生の特別展が開かれていた。
Arno; アルノ川沿いまで歩いてくると、川沿いになんとも目立つ教会が建っているじゃあないか。
Chiesa di Santa Maria della Spina.
1230年創建で、1376年にゴシック様式として装飾された多色大理石の小さな教会だ。イエスが頭にかぶっていたという茨の冠(Sacra Spina)の一部が置かれていたことが名前の由来になってる。
本当にこじんまりした小さな教会なのに、それに不似合いな程外装の装飾は凄まじい。
特に南側の外壁には12使徒の彫像が並び、まるで屋外美術館。
Giovanni Pisano; ジョバンニ・ピサーノをはじめとする ピサの巨匠たちがつくりあげた、ピサ・ゴシックの傑作といわれている。
そんな教会のすぐ側に、アルノ川に架かる Ponte Solferino; ソルフェリーノ橋がみえる。
アルノ川と、その両岸につづくピサの街並み。
橋を渡って、そのまま北方向へと路地を進んでいく。
斜塔が近くなると、だんだん両脇にレストランなんかが増えて来て、
隙間から塔の頂上が見えて来た。
Torre di Pisa
路地を抜けると、視界は一気に開けて Piazza del Duomo; ドゥオーモ広場 にでる。
広場には、西側から Battistero di San Giovanni; サン・ジョヴァンニ洗礼堂 と Cattedrale di Pisa; ピサ大聖堂、
そして Torre di Pisa; ピサの斜塔 が並んでる。
いやーーーー、なんか ベタだけど、”思ったより”傾いてる笑 地上高は高い側でだいたい56~7m らしい。
隣接する大聖堂の鐘楼として1173年に着工、実に200年近く経ってからの1372年に完成した。ピサ・ロマネスク様式という建築様式でつくられてる8重の塔で、各階が半円アーチと列柱で装飾されたかなり凝ったつくりだ。ピサの地盤の緩さと、建築当初の基礎の甘さによって、12世紀の建築当初より傾き始めていたらしい。この傾き、20世紀まで進行して 1990年から10年以上の歳月をかけて地盤の改修工事が行われていた。今はまた安定を取り戻して、少なくとも向こう200年くらいは安心らしい。
近隣諸国との戦争などによって100年近く工事が中断された時期もあったらしいけど、皮肉なことに これによって地盤が塔の自重で押し固められて倒壊を免れたという逸話もある。
地中海を介してイスラム勢力との交易もあったことから、白大理石を基調とした装飾に、そこはかとなく幾何学的なイスラム美術が垣間見える。
すぐ隣の ピサ大聖堂。1092年の完成で、鐘楼と同じくピサ・ロマネスク様式で建てられた ピサ大司教区の司教座だ。
ほぼ同年にヴェネチアでも Basilica di San Marco; サン・マルク大聖堂の建設がはじまり、海洋国家ライバルとして どちらがより美しく豪奢な聖堂をつくれるかの争いがあったことも、聖堂がここまで壮大なものとなった要因らしい。
ちらっと見えているメインドーム、上空から見ると実は楕円形をしていてその長径は23mにもなる。Squinch; スクィンチ という工法で、四角形の平面の四隅に三角形の梁を渡すことで八角形の台座として、その上にドームを置いて安定させている。
多色大理石による装飾や、幾何学的な紋様も 海洋国家としてビザンツ帝国やイスラム勢力と交易があったピサ共和国ならではの特徴で、先述のドームも ハギア・ソフィアで用いられた高度なペンデンティブ工法こそ直接利用されてはいないものの、中央にドームを据えるビザンツ建築の影響が多大にあったといわれている。
12世紀の拡張工事の際 新たに増築された西側ファサード。ここの意匠が凄まじい。
聖堂は1595年の火災で大きな損傷を受けて、正面中央の青銅製の扉は1602年新たに製作されたものらしい。
鐘楼と同じデザインのアーチ・列柱がこれでもかという程並ぶロッジア。
正面扉脇の柱頭上にある獅子像と、コリントの一部に組み込まれた謎の生物。
ファサード最上部隅のガーゴイル。
ティンパヌムを飾るモザイク。
教会に入るにはチケットが必要だけど、なぜかチケットは無料だった。
内部もまた荘厳な三廊式ラテン十字バシリカで、側廊と主身廊を隔てる列柱は2列になってる。
北側と、
南側の側廊。壁面にはずらーーっと油絵が飾られている。主に16-17世紀の作品。
主祭壇と後陣のパントラクラトール。14世紀初頭のモザイク。1595年の火災を奇跡的に生き残った。
アマルフィ大聖堂でみたファサードのポルチコと同様、列柱アーチは白大理石と黒石が交互に組み合わさったAblaq; アブラーク技工が用いられていて、当時の4大海洋都市国家の共通点を感じる。
主身廊におかれた Giovanni Pisano; ジョバンニ・ピサーノ作 説教壇。狂気とも思える精密さで キリストの生涯に関わるエピソードが彫刻されている。
Orazio Riminaldi; オラツィオ・リミナルディ と Girolamo Riminaldi; ジローラモ・リミナルディの兄弟によって1627~31年に描かれたメインドーム下の聖母被昇天。蝋画法; エンカウスティックという技法で描かれてるらしい。
南側の翼廊に設けられた Cappella del Santissimo Sacramento; 聖体礼拝堂
主祭壇の一部を修復中の職人さん。
そして大聖堂のすぐ西側に建つのが 聖ジョバンニ洗礼堂。
1152年に着工、200年後の 1363年頃に完成したイタリア最大の洗礼堂だ。斜塔と同様、着工から完成まで長い歳月を経ていて、下層はロマネスク様式、上層はゴシック様式となっている。高さは約55m.
上層階の外壁に施された装飾。
さて、くどいほどドームに執着するんだけど、この洗礼堂のドームは直径が約34mもある、まぎれもない”巨大ドーム”だ。
ローマン・コンクリートのロストテクノロジー化によって失われたパンテオンに代表される古代の巨大ドーム工法、そしてコンスタンティノープルで6世紀にペンデンティブ工法によって完成したハギア・ソフィアのメインドーム。
そこから15世紀 フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレのメインドームにおいて二重郭構造のメインドームが完成されるまで 長い間停滞していた”巨大ドーム” を 14世紀に実現させていたミッシングリンクのような存在なのだ。
実は洗礼堂が完成した1363年頃 堂のドームはプリンのような形をした円錐台形だったらしい。そのプリン型のドームを内郭として、14世紀末に外郭として今外から見える半球形ドームが増築されたのだ。ブルネルスキがフィレンツェのドームを設計する際、この洗礼堂の”二重構造”をヒントにしたのはきっと間違いないと思う。
洗礼堂内部。大聖堂に比べちゃうと、やや蛋白な印象に感じる。階段をのぼって2階に行くと、
交差ヴォールト・リブの天井で覆われた回廊がぐるっと1周つづいてる。
1階部分を見下ろす。中央に見える8角形の盆が1246年製の洗礼盤、その上に見えてるのが、先のピサ大聖堂にあった説教壇の作者 ジョバンニ・ピサーノの父、Nicola Pisano; 二コラ・ピサーノの説教壇。
地動説で有名なガリレオ・カリレイは、この場所で洗礼を受けたらしい。
広場一番西側、Porta Nuova. 城壁は広場や旧市街を全て囲うように広がってる。
すっかり暗くなったので、惜しみつつ微妙にライトアップされた斜塔をもっかいみて、また駅側へと戻って行く。
既に店じまいした骨董品店のショーウィンドウ、
今日もいてくれてありがとう、チンクエチェント、
Piazza dei Cavalieri; カヴァリエリ広場の Palazzo della Carovana; カロヴァーナ宮.
ひっそりした路地を通って、
川まで戻って来た。
駅前の Free Palestine に絡まれないようにして、またフィレンツェへ戻るのであった。
おまけ
夜のフィレンツェ写真集。
つづく