【Republic of Italy episode20】屋根の無い美術館 Firenze; フィレンツェ歴史地区の散歩

こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。

南部から北上してきて トスカーナの中部までやってきました。
フィレンツェで世話になっているBrizy宅は少し郊外になるので、この日は 電車でセンターへと向かい フィレンツェの中心部を散歩しようと思います。

※この記事は2024年11月頃の出来事を書いています。

センターへ

最寄りの駅で切符を購入。
バイクでの移動がデフォルトの管理人は、公共交通機関を利用するとき未だに緊張する。

フィレンツェの一番主要な駅 Firenze Santa Maria Novella 駅に到着。
いつものように、気ままに 足がおもむくまま歩き回っていこうと思う。

Basilica of Santa Maria Novella ~アルノ川

駅を出て南側を向くと Basilica of Santa Maria Novella; サンタ・マリア・ノヴェッラ大聖堂の北側のファサードが見える。

東側の外壁には 教会の建設に貢献した貴族や あるいは埋葬されている家柄の家紋が彫刻されてた。

Piazza di Santa Maria Novella; サンタ・マリア・ノヴェッラ広場に出ると、

特徴的な正面ファサードを見る事ができる。
教会の建設が始まったのは1278年ごろで 1350年頃に完成、このファサードは更に後年 1456-70年にかけてつくられた。
Leon Battista Alberti; レオン・バッティスタ・アルベルティ 作のファサードは 緑と白の大理石が組み合わさった設計が特徴的で、装飾が過剰で 尖頭アーチと交差アーチにより高層化したゴシック様式から、より幾何学的・シンメトリーへの回帰・彫刻的装飾を排した初期ルネッサンスの代表例としてよく引き合いに出される。

十年前くらいまでは誰でも無料で入場できたのに、今では内部は有料になってしまっていたので 今回は外からだけ眺めるだけ。

広場から路地へ入って行く。

フィレンツェの街を歩いていると、壁面にこんなようなドアノッカーみたいな鋳鉄物が設置されているのを目にするけど、
これは Ferro; フェッロといって かつて馬を繋いでおくのに使われたものが 街の装飾として今でも残ってるのだ。

色んなデザインがあるから、ディテールに注目してみると面白い。

Palazzo Strozzi では、白い傘がクラゲみたいに昇降するアートが公開されてた。

ハイブランドが軒を連ねる Via de’ Tornabuoni; トルナブオーニ通り。

剣と天秤を掲げる Piazza Santa Trinita; トリニータ広場の「正義の女神」像。
柱は古代ローマ時代のもので、教皇ピウス4世からメディチ家へ贈呈されたものらしい。この周辺はどれも建物が立派だけど、路地は狭くてどれも画角におさめるのは難しい。どの建物もたいていミュージアムとかギャラリーになっていて、ほんとにフィレンツェを満喫しきるなら、こういう建物に入ってエキシビションを楽しむのもありだと思う。

トリニータ広場の Basilica di Santa Trinita; サン・トリニータ教会.
見えているファサードは16世紀後半のもの。後期ルネッサンスの傑作といわれていて、教会内には貴重なルネッサンスの絵画が沢山収蔵されているということだけど、残念ながら閉まっていた。

Ponte Vecchio

そのまま南側に歩いていくと、フィレンツェの街を縦走する Arno; アルノ川に出る。
西側に、Ponte alla Carraia; カライア橋 が、目の前に Ponte Santa Trinita; サン・トリニータ橋が架かる。ちょっと天気が悪くて残念。

川の北沿いのコルニッシュを歩いていくと、

フィレンツェの最大のランドマークのひとつである、Ponte Vecchio; ヴェッキオ橋が見えてきた。現在の橋は元々あった橋が1345年に再建されたもので、それにしてもめちゃめちゃ古い。度重なる洪水にも耐えて700年近くアルノ川の両岸を繋いでいる。特に大戦時 ドイツ軍の撤退に伴ってアルノ川に架かる橋は全て爆破されたらしいけど、ポンテヴェキオだけはその美しさから惜しまれて爆破を逃れたという逸話もある。

ヴェッキオ橋はその両端にまるで小さな街道のように商店が並んでて、世界的にも珍しい構造の橋になってる。
トルコのブルサでみた Irgandı; イルガンドゥ橋 と同様、現在でも店舗機能が現役な橋は 世界でも数えるほどしかない。
橋の東側2階に見える回廊は、川を挟んで立つ Plazzo Pitti; ピッティ宮殿と Plazzo Vecchio; ヴェッキオ宮殿を繋ぐ秘密の通路で Corridoio Vasariano; ヴァザーリの回廊 と呼ばれてる。

橋の上にはかつて肉屋や革職人の店が並んでいたらしいけど、景観を損ねる とか 悪臭の問題から 途中で貴金属店へと置き換わっていったらしい。

そんんわけで、今ではゴールドスークのような感じで宝飾店が軒を連ねる。

骨董品店みたいなのもある。

ポンテヴェキオの上より、西側の眺め。ちょっと青空でてきた。

ちなみに 1874年に書かれた油絵、ほぼ同じ視点でのポンテヴェッキオからの風景。

川の北側に戻って、今度はポンテヴェキオから北側につづく路地を進む。

手袋専門店とか、

木の温もり溢れるキッチン用品店とか、、

欲しいぞ!

Piazza della Signoria

路地の間から ヴェッキオ宮殿のTorre Arnolfo; アルノルフォの塔 が見えてきた。

Piazza della Signoria; シニョリーア広場にでると、レストランで休憩する人達 広場を行き交う人々で大変な賑わいだ。
Cosimo I de’ Medici; メディチ家 トスカーナ大公コジモ1世 の騎馬像がみえる。

 

シニョリーア広場は 屋外美術館といわれるくらいで、ダヴィデ像のレプリカや、ヘラクレスとカークス、ネプチューンの噴水、広場の南側に位置するLoggia dei Lanzi には他にも多数の彫像が屋外展示されている。

広場で最もアイコニックな Palazzo Vecchio; ヴェッキオ宮殿。
1299年から14世紀あたまにかけてつくられたゴシック様式の要塞のような見た目の宮殿で、当初はフィレンツェ公国の行政機関として建てられた。1540年には、コジモ1世が邸宅として利用しはじめて、現在ではフィレンツェ市庁舎になってる。見た目強すぎだろ、この市庁舎。

ヴェッキオ宮殿内は入場料がかかるけど、グランドフロア部分にある Cortile di Michelozzo; ミケロッツォの中庭は無料で公開されてる。

中庭の建設が始まったのは1453年で、中央には Francesco Ferrucci と Andrea del Verrocchio の共作イルカを抱くキューピッドの噴水がある。

回廊の天井や壁面、アーチにいたるまで ほとんど隙間なくフレスコ画で装飾されていて、

壁には、当時オーストリア帝国の一部だったウィーンやプラハなど14都市の風景画が描かれている。

列柱の表面には、金地に白の漆喰で彫られた非常に精緻な装飾が施されていて、植物・動物・天使・人物が織り交ざったスタイルは古代ローマで発展したグロテスクという装飾様式に由来してる。

今でいう「グロテスク」も、この万物ごちゃ混ぜの奇妙さが語源となってる。

あの有名なLeonardo da Vinci; レオナルド・ダ・ヴィンチの甥 Pierino da Vinci; ピエリーノ・ダ・ヴィンチ作 「ペリシテ人を殺すサムソン」1550年。
ペリシテ人とは、旧約聖書における「パレスティナの民」。そしてサムソンはヘブライ人 すなわちイスラエル人の英雄。
当然、現在のパレスティナ人は民族的にはアラブ民族がメインで、古代のペリシテ人と血統的な繋がりはないけど、神話の代から脈々とつながる イスラエルから「パレスティナの民」に対する憎しみが 21世紀前半の現世まで脈々とつながっているようなレトリックを感じてしまうのは 誤解釈なんだろうか。

さらに奥にある吹き抜けの一画には、

Francesco Vezzoli 作 Pietà; ピエタ という、ちょっとコミカルなライオン像が安置されてる。
1960年代につくられた現代アートだけど、ラオンに食いちぎられた頭部と、脚元に横たわる像は古代ローマ期の彫像が使われてるらしい。
「失われた文明の断片をあえて破壊するという象徴的な行為を通じて考古学、幻想、記憶、そして発明が混在するシュールな世界を表現しています。」とのことだけど、うん 全く意味がわからん。

触ると幸運が訪れるということで、鼻先だけピカピカな Il Porcellino像 や、陽気な路上演奏を見つつ シニョリーア広場から路地を進んでいくと、

フィレンツェという街を代表するランドマークであり後期イタリアン・ゴシック~ルネッサンス建築の最高傑作、

Cathedral of Santa Maria del Fiore

Cathedral of Santa Maria del Fiore; サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂が姿をあらわす。

1296年 フィレンツェの彫刻家 Arnolfo di Cambio; アルノルフォ・ディ・カンビオ の設計のもと着工。
1334年には 画家である Giotto di Bondone; ジョットが建築責任者となって隣接する「ジョットの鐘楼」が築造され、1360年頃に Francesco Talenti; フランチェスコ・タランティたちによって聖堂が完成。
1420年ごろからFilippo Brunelleschi; フィリッポ・ブルネルスキらによってドームがつくられて、着工から実に140年後の1436年に完成した。

ファサードは19世紀になってから増設されたもので、色とりどりの大理石が組み合わさった ネオ・ゴシック様式で 装飾はかなり激しめだ。

今回訪れたときは残念ながら一時休館中のようで中にはいることができなかった・・・
もしかして時間をずらせば入れたのかもしれないけど、当時はローマ訪問直後ということもあって 教会内部をどうしても見たいというモチベがあんまりなかった。今思えば日をずらしてでも入ればよかったかなぁ。まぁでもこんだけ長ーーく旅してたら、そういうこともある。

サンタ・マリア・デル・フィオーレにおいて特に秀逸とされるのはこのメインドームで、現代においても「石造の世界最大のドーム」とされる。クーポラまで含めたドームの地上高は 114.5m. ドームの直径は42~45m と測る場所によって違う。
ローマで見たサンピエトロ大聖堂のドームが内部に鉄製の補強材が入っているのに対して、このドームは構造を外郭と内郭の二重構造にすることで軽量化し、純粋に石材と煉瓦材だけで自重を支えているのだ。

ローマのパンテオンに代表される 古代の「巨大ドーム」以降、長らく西欧においてその技術は進歩することなく停滞していた。特にゴシック期は尖頭アーチや直交アーチのリブ・ヴォールト工法で教会は高層化していって、垂直方向への技術革新が盛んだった折、このドームは そんなゴシックの建築技術を生かした上で、古代ローマ以来の巨大ドームを実現させたという意味で衝撃的だったのかもしれない。

さて、また路地を歩いていく。

天気は良い方が写真映えしてまぁいいんだけど、天気が悪い日の、薄暗くてすこしどんよりしたフィレンツェの路地も、なかなか味があっていいじゃあないか。

Monumento ai Caduti della Battaglia の像

Ponte alle Grazie; アッレ・グラズィエ橋にあるモニュメント”L’Uomo Comune”

川の南側の路地もちょっと歩いてみる。

文房具専門店や、

革靴の工房。

大量の木型が棚にしまわれていて、「本場の革靴屋」感がはんぱない。

リアル ノクターン横丁

どんどんとディープなフィレンツェの裏路地に吸い込まれていって、

 

だんだんどこを歩いてるのか分からなくなってきた。

そんな風に思ってると、

ハリーポッターの、闇魔術専門店が集まるノクターン横丁みたいな雰囲気になってきた。

雰囲気だけじゃなくて、

実際まじでわけわからんもの売ってる店が密集してる・・・

 

が、嫌いじゃないわ~ この雰囲気。

そのまま路地を歩いてると、

なんとなく現世に戻ってきた。

フィレンツェでも真っ赤なチンクエチェントを目撃。

あえてフィレンツェでバロックの教会を

フィレンツェではあまり沢山の教会内部には入らなかったけど、2つだけ 内部を見学した教会がある。
ひとつは アルノ川沿いの Piazza Ognissanti; オンニサンティ広場にある Chiesa di San Salvatore in Ognissanti.
創建は13世紀半ばで、1627年 バロック様式で再建された教会。アメリカの語源となったアメリゴ・ヴェスプッチの家の所属教会(菩提寺的な)らしい。

単廊のこじんまりした教会ながら、内部はこの荘厳さ。

サイドアルターや翼廊の小礼拝堂ふくめ 当時の画家の作品が多数収められている。

 

もうひとつは Church of Saints Michele and Gaetano.
おなじく、創建11世紀の教会が 1648年にバロック様式にて再建された教会。

この教会も単廊の小さな教会ながら、

上層部にずらっと彫像が並び、かなり圧巻な内装だった。

Massimo との出会い

さて、そろそろ薄暗くなってきたなぁというところで、

Piazza della Repubblica; 共和国広場へ向かう。実は、Brizy が 友達のバイク乗り Massimo を紹介してくれたので、彼と広場で待ち合わせすることになっていたのだ。Whatsapp で位置情報をライブ共有し、だいたいの位置へ向かう。広場の向こうから 人を探すようなしぐさの男が歩いてきたから すぐに彼だと分かり 無事、Massimo と会うことができた。東方向に向かって 彼のバイクが停めてある場所まで歩く。

Basilica of Santa Croce; サンタ・クローチェ教会と 旧型テネレ&Massimo.

街を一望できる高台があって、そこは歩きでは行くのが難しいからといって Massimoがテネレの後ろに乗っけて連れて来てくれた。

夕暮れ時の、フィレンツェの街。
さっきまで歩き回ってきた橋や聖堂が眼下に全部おさまる。フィレンツェ・ローカルズは いつでもここに来てこの景色見ながらコーヒー飲めるのかよ、シンプルにすげぇな。

更に山の上まで走っていくとフィレンツェ一帯の夜景が見えるスポットに。
わざわざ連れて来てくれるためだけにバイクを出してくれて、本当に感謝である。でも、さすがに11月のフィレンツェ、 インサレーションのみだと山の上はかなり寒いので、早々に Brizy宅までそのまま送ってもらった。

ってなわけで、いつも通りとりとめのないフィレンツェ散策録でした。
フィレンツェの歴史地区は全体が世界遺産となっていて、街そのものが「屋根のない美術館」と比喩されるような場所。
誰もが知るルネッサンスの巨匠 ミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチが活躍したメインの場所でもあり、1日で満喫するのは不可能。旅の性質上あまりお金はかけられないから、重要なランドマークを外から見て周るだけにはなっちゃったけど、いつか再訪する機会があれば、1日1美術館 みたいな贅沢な楽しみ方をしてみたいもんだ。

おまけ

MassimoとBrizy家に着いたあと、彼もまじえて3人で夕飯を食べた。

卵を小麦粉に混ぜてこねる。
卵は室温にしておくのと、小麦粉は最も精製度が高い “00” (ダブルゼロ)のものを使うのがポイント。

こねた生地を薄くのばして、

きし麺のような扁平な形に切り出して茹でる。湯で時間は特に計らず 麺が水面に浮いてきたらすぐに取り出す。

シンプルなトマトソースに絡めて、ガチローカル Tagliatelle; タリアテッレ の完成!
素朴なおいしさで、飽きがこず いくらでも食べられそうだった。

おまけ2 ~フィレンツェの素敵な自転車たち

そこらに放置されてるぼろ自転車がまさかのレニヤーノというイタリア具合。

これは S.PERSIANI という聞いたこともないブランドだけど、

コンポーネントはヴィンテージのカンパ。

ユニバーサルのサイドプルに意匠の凝ったグリップとレバー。

そしてストロングライトのアルミクランク。
日本ではマニア垂涎のパーツも、現地じゃただの古いパーツなんだな。

こっちもまた謎自転車だけど、

グリップと、ホイールの巻き込みカバーのデザインがイイ感じだった。

つづく

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