【Republic of Turkey episode 40】Muhammet , Mustafa と3人で小旅行へ

どうもこんつくは、グレートエスケープ中の管理人です。

トルコ最北東部の小さな町 チェイエリでたまたま出会ったMuhammetがもつイスタンブール郊外の家に転がり込んだ後すぐのこと、
Muhammet と、その友人の Mustafa と3人で、車を使って小旅行に行くことになった。

Bolu; ボルの街で伝統料理とトルコ浴場を楽しむ

テネレに積載された大量の荷物の中から、短期トリップ用に必要なものだけピックアップ。

Muhammet の車でイスタンブールから東に向けて出発。
人の運転で、助手席に座ってるだけで進むってのはいいもんだ。

最初にやってきた Bolu; ボルという街。
県土の多くが森林に覆われた景勝地で、大陸性気候と乾燥した大地というトルコのイメージからはかけ離れた清涼な地域にある。

到着した時、たまたまトルコ軍隊による式典の真っただ中だった。
明かにオールドファッションな鉄製ヘルメットに非実践的な旧式のライフル、濃緑色のユニフォームを着ているのは たぶん歴史的なオスマン帝国軍を表わしている式典用の部隊。一方青いベレー帽にデジタル迷彩のユニフォーム、現行式アサルトライフルを持っているのは現役部隊で、アタトテュルクのでかいフラッグが見えた。

現行部隊の兵士がホルスターに差しているのは トルコの銃器メーカーSarsılmaz; サルスルマズ社製と思しき拳銃。

まだ10代なんじゃないかと思う幼い顔つきの兵士もちらほら。
きっと”軍隊に所属する”ということのもつ意味が 某国のそれとは比較にならないくらい誇らしいことなのかもしれない。

軍人たちのマーチを見送った後、まずは腹ごしらえということでやってきたこれまた古めかしいレストラン。
トルコ人の女性が大きな円盤状の鉄板の周りに座って 生地を焼いている。

天井部分のデザイン。モスクのポルチコ天井とか、バザールの天井意匠に似てる。

Gözleme; ギョズレメ は、伝統的な家庭料理で、薄く伸ばした生地の中に 肉だったり、マッシュルームだったり、チーズだったり 色んな具を入れて焼いたもので、ちょっとした軽食にピッタリな一品。

食感は春巻きとかに似てたと思う。
こういう なかなか1人では発見して、試すのが難しい場所に連れてきてもらえるのは嬉しいよね。

腹ごしらえが済んだ後は、トルコ浴場を試そうってなわけで、ちょうどレストランの近くにある 19世紀からのトルコ浴場にやってきた。

中に入るとこんな感じで、木造の渡り廊下が綺麗。

専用の個室があてがわれて、ここで着替え~休憩ができる。

早速浴場に入って行くと、まずは垢すりのサービスがある。
背中からゴシゴシやってくれるからめっちゃ気持ちいい👍

浴場内には色んな部屋があって、半ばアトラクションみたいで面白い。
この中央に置かれた広い大理石の板は 熱々にヒーティングされていて、いわゆる岩盤浴的な楽しみ方ができる。

まじでけっこう熱いから、仰向け~うつ伏せを繰り返しては 水を浴びたりして調整する。こりゃいいや~。

謎にブルーにライトアップされた冷水のプールに飛び込んだり、サウナで整ったりして、

トルコバスを堪能したのであった。

Yedigöller; イェディギョレル国立公園

トルコ浴場でさっぱりした後、Bolu の中心部から北東に約40km ほど進んだところにある、Yedigöller; イェディギョレル国立公園にやってきた。

Yedi Göller とは、七つの湖 という意味で、ここには小さいながら美しい7つの湖が点在している。

この日はもう遅かったので、キャンピングエリアにてテントを設営する。

雨が降って来たので、近くの食堂からもらってきたビニールシートを木と木の間に張って簡易的なタープを設置。

 

夕飯はMuhammet と Mustafa が用意してくれた食材と、彼らが絶対に欠かさない紅茶で締める。

七つの湖が織り成す絶景

翌朝は、雨も止んでさっぱり快晴。

Sucuk; スジュクを焼いて、トマト、キュウリ、チーズ、オリーブと一緒にシンプルな朝食。

この日は朝から広大な公園内を散策する。

有毒キノコや植物の警告看板。

勿論飲める湧き水。

早速姿を現した美しい湖たち。

この辺りはブラウンベアの生息密度もかなり高い。8月末~9月頭だったから、森の中に入ると 遭遇する可能性もある。

セミの抜け殻はよく見るけど、ヤゴの抜け殻を見たのは初めてかも。しかもデカい。ヤンマの類かな。

峠Passion なる謎ステッカー。
Tokyo Drift とかの映画や、頭文字D なんかの漫画の影響と CivicやGTR, Supra に 86, S2000やRX-7を筆頭とした日本車のクオリティやアフターマーケットが排出するチューンパーツの豊富さも相まって、今や日本の”走り屋”文化は アニメのそれに匹敵するほど熱烈なファンが多い。まぁこれはヒュンダイだけど。

ほんの少しだけ色づいた葉と、瑞々しい緑が湖面に映って 本当に美しい。こりゃあ秋真っ盛りに来たらまた全然違う景色なんだろうなぁ。

小さなトカゲや、メタリックグリーンに輝くトンボ。

親指の爪サイズのカエル。

7つの湖を巡るように公園内の散策をして、
眩しい緑を存分にチャージするのであった。

Amasra; アマスラの街へ

Seven Lake の国立公園を後にして、そのまま黒海に面した古い港湾都市 Amasra; アマスラ にやってきた。

沿岸部からの眺め。

アマスラの歴史は古くて、元々は古代ギリシャにおけるイオニア人の植民地として発展して ペルシャ時代にはダレイオス3世の姪 Amastris が統治したことが名前の由来らしい。

その後も、ローマ、ビザンツ、ジェノヴァの支配を受け 1460年オスマン帝国領となった。

13-15世紀頃 ジェノバ人によって建てられたとされる Direkli Kaya.
若者たちのダイブスポットになってた。

現役か不明の廃屋(?)たち。

アマスラのにゃんころたち。

本土と島を結ぶ Kemere Bridge はビザンツ時代の9世紀につくられた。橋の向こうに Castel Gate が開いている。

蜂蜜や瓶詰のジャム、茹でもろこしに焼もろこし。

島側のランドマークになっている 通称”Weeping Tree”
いや ただの枯れ木やん と思ったけど、実は樹齢300年近くある古木らしくて 稀に黒海の湿った空気が枝や幹の表面で凝集して水滴として流れ落ちる現象がみられるらしい。なるほど、だから”泣く木”なのか。

そんな weeping tree の脇にある道を上って 丘の上にでる。

丘の上の灯台は、現役なんだろうか。

丘の上を、更に少し島の西方向へと進んでいくと、

アマスラを一望できる絶景スポットにでる。
本土側のモスクのミナレットや、アマスラ城の城郭の一部が 西日に照らされて浮かび上がる。

古代からの歴史が詰まった、黒海に臨む小さな港町 アマスラは またゆっくり訪れてもいいなぁと思える静かな場所だった。

Çakraz で野営

この日、アマスラから少しだけ東に移動して Çakraz; チャクラズという海岸沿いにやってきた。

本日もスジュクを焼いたサンドイッチに、

チャイは欠かさず。

ビーチで開催されていたライブなんかを見て回ったら、

キャンプ場で就寝。

Mustafa宅から帰宅

翌朝。

また2人が用意してくれた朝食をいただいて、2泊3日の小旅行もこれでおしまいだ。

帰り際、ハイウェイに架かるガラス張りのBurger King で昼メシを食べたあと、

イスタンブール郊外へと戻って、

Mustafa宅に寄った。日本のマンションの1DKといったかんじで、トルコも都市部とそのドーナッツ都市は みんなそんなに広い家には住んでいない。

旅行好きのMustafaが、北欧で手に入れたお土産は キノコ型の胡桃割り器。

淹れてくれたコーヒーを飲みながら、

彼の趣味であるレコードを一緒に聴いて、

3人で小旅行の振り返りなんかをしつつ、いいところでおいとまし、

Muhammet と2人で帰路につくのであった。

つづく

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