こんにちは、世界放浪2輪旅中の管理人です。
WIMA繋がりでお世話になった Bibi , Danilo 夫妻のお宅を出発して ローマからまた北へと進んでいきます。
※この記事は2024年11月ごろの出来事を書いています。
ローマを出発
出発前、Bibi, Danilo と。
Danilo の愛車はハーレーのトライク。
Bibi がWIMAのステッカーをスクリーンに貼ってくれて、つくってくれたミサンガはタンクバッグへ。
ローマの市内を抜けていくとき、いくつもの門をくぐっていく。
丸2日足が棒になるまで歩き回ったけど、それでもまだまだこんなにそこらじゅう素敵な建造物があるのかぁ、、、と半分絶望半分興奮しながら走っていく。
完全に市内から抜ける前に 寄ってみたかった場所にやってきた。
ローマに全部で60か所近くあると言われている地下墓地 Catacombe; カタコンベだ。
一般公開されているのは5~6か所のようで、そのうち最大規模といわれる San Callisto。
無事見学には参加できたものの 内部の写真撮影はかなり厳格に禁止されていて なにひとつ記録を撮ることができなかった・・・。
撮影禁止でも、スマホやGoPro などあらゆる手段を駆使してなんとか雰囲気だけでも記録できるようにしてるんだけど、サンカリストのカタコンベでは無理だった。
3年以上こうして放浪旅をつづけていてよく分かったのが、自分にとって「写真を撮る」という行為がほぼ旅をする意義と同値になりかねないくらい重要だって事だ。
旅人の中には「その時を名一杯楽しむために、写真を撮らない」って人もいる。
管理人がまだ旅の準備をしている頃、モチベーションの維持にめちゃくちゃ助かった “LIFE” という映画で 雪山の奥地でユキヒョウをレンズで捉えたカメラマンが、敢えてシャッターを押さないシーンがある。作中では写真を撮るという行為を “distraction” と表現してた。そういう「撮らない」哲学はすごく理解できるけど、自分には合わない。
どんなに鮮烈で強烈な体験も 時間の前では必ず色が褪せて段々と断片的に朦朧としていく。別に「良い」写真じゃなくていい、ピンボケだっていい。いつかその写真を見た時に「あぁこんなとこに行ったなぁ」と脳裏に呼び起こす一助になればいいんだ。それが自分が旅をした事・その時自分がどういう感得をしたのか 思いださせてくれる。だからそういう意味では、「写真が撮れない」場所にはほとんど行く意味すらないとさえ思えてしまうのだ。
と、自分的写真哲学を置いて カタコンベの事に関しては写真もないから割愛~
カタコンベを去って、また市内を北側に走っていく。
途中、Basilica Papale di Santa Maria Maggiore のある広場で写真を撮っていると、
最近オープンしたばかりのジェラート屋さんをたまたま視察に来ていたオーナーのPaola が声をかけてくれて、ジェラートもひとつご馳走してくれた。
管理人的に、食事に関してはやっぱり日本食が2位以降を圧倒的に引き話して1位だけど、殊洋菓子に関してはやっぱ本場はすげぇわ。
Paola は北イタリアのComo湖近くに普段いるとのことで、もしも来ることがあったら連絡してね と言ってくれた。
今回はシェンゲンの残り時間や季節もあって行くことはないけど、どこか復路でまたイタリアを訪れることがあれば、その時連絡しよう。
小さいガソスタ=安そうという偏見。
Porta del Popolo; ポポロ門とその先のポポロ広場。この辺は、ローマセンターの少し北側 いわゆる最もツーリスティックな場所からは少し離れてて これといってめちゃくちゃ有名なランドマークがあるわけでもないから あまり観光情報に載ることもないのかもしれないけど、ここはここで楽しそうな雰囲気だ・・・いつかまた、ローマを再訪することがあれば、、、
Viterbo 県へ
さて、ようやく市内を北側へ抜ける。
住宅の隙間に突如現れた謎の煙突。たいていこの手の見た目の煙突はレンガ工場のそれと相場が(自分の中で)決まってるんだが,,,
基部に巨大なおっさんのレリーフがある煙突はこれが初めてだった。隣でリアルおっさんが大量の薪をこしらえてたから、もしかして現役なのかも。
どの街も綺麗だけど、ぐっとこらえてスルーしていく。
ローマは天気が悪かったけど、だんだん青空になって 穏やかな光とオリーブ畑に囲まれた道をViterbo; ヴィテルボ県へと跨いでいく。
Tuscania の街
途中、茶褐色の城壁が目を惹く街があったので思わず停車。
ここは Tuscania; トゥスカーニア. 古代エトルリア人の時代から栄えた古い街で 今でも街のなかに古代の遺構が残っているらしい。
丘の上に見えた教会にだっけ行ってみようと思う。
やってきた Chiesa di S. Maria Maggiore.
ローマで大量摂取したルネッサンス~バロック要素とは明らかに違う香りにテンションがあがる。
12世紀につくられたロマネスク様式の古い重厚な教会だ。
巨大なバラ窓が特徴的なファサードは 質素な印象だけど、ところどころの装飾が非常におもしろい。
バラ窓と門の間には9本の短い列柱で構成されたロッジアが設けられていて、
門はライオン(?)を柱頭にした2本の柱の間に、更に4重になった小さな列柱とそれにつづくアーチ、さらに最内部は使徒ペテロとパウロの彫像が支えている。
アーチのペディメント部にはマリアとイエスの母子像の両脇に、イサクの犠牲のシーンや Agnus Dei; 神の子羊が彫刻されていた。
門脇の柱頭と、ロッジア横のグリフィン像。
中央の門の脇にある入口から内部へ。
ロマネスク様式の無骨で重厚な列柱が三廊を隔てる長方形のバシリカ。
列柱には足場が組まれて、修復プロジェクトが進行しているようだった。
主祭壇部分、キボリウムと後陣のフレスコ画。Donato d’Arezzo作の「最後の審判」で、画角右下には恐ろしい地獄の様子が描かれている。
この教会のみどころは、内壁のいたるところに現存する 13~15世紀頃に描かれたフレスコ画だ。
13~14世紀の作品は よりロマネスク様式寄りで やや象徴的で硬直した表現が多いのに対して、
15世紀のものは初期ルネサンスの兆しがみられて、より人間的な表現が含まれるようになる。
一部明らかに雰囲気が違う作品もあるのは、20世紀になってからの修復歴や描き直しの例かもしれないけど、
数百年にわたって、違う時代様式 違う画家によって描かれてきたフレスコ画のちょっとしたニュアンスの違いを発見するのもおもしろい。
ふらっと来たわりにとんでもない圧の教会だった・・・
教会を去って、トゥスカーニアの旧市街に入って行ってみる。
どういうわけか全然人がいないけど、
日が暮れそうなこの時間帯と、トゥスカーニアの味わい深いやれた壁面が相まって最高にいい雰囲気じゃないか。
石畳を上っていくと、
向こうに Chiesa di San Lorenzo dei Santi Martiri や Basilica di San Pietro、そしてたぶん古代の城壁の一部が見える。
狭い路地、すり減ったパステルカラーの壁、石畳、そして猫。
イタリアらしさを凝縮した成分を摂取して、
横文字エンブレムの白チンクエチェントにトドメを刺されたので、
おとなしく街を去って、さらに北側へと進んでいく。
まさかのバッテリーあがり からの野営
今日は完全にあてがない。どっか適当な野営場所が見つかるだろうという、だいぶ前から持ち合わせはじめた根拠のない自信を振りかざして、
まだ暮れるな、まだ暮れるな と言いながら走る。
しかし、どうしても気になる街が視界に入ってしまうと止まらざるを得ないのが旅人の性ってもんで、
そしたらまさか住人のおじぃちゃんが出てきて、見てきな!見てきな!といって家に招待してくれる流れに、、、
もはやここが何て名前の街だったか、もう覚えてないし 軽く調べてもわからんかった。
石造りの住居は一部宿泊にも貸し出してるらしい。
内部はこんな感じで、豪華ではないけど、牧歌的で好きな雰囲気。
さらに階段の上へと案内してくれるおじぃちゃん、今度は自宅を見せたいらしい。
きっと、古ーーーい石造りの家が、何世代も修繕されながら使われつづけてきたんだろうなぁ。
おじぃちゃんの自宅はこんな感じで、
木の温もりが感じられる なんともおじぃちゃんが住んでそうな家だった。
管理人的には、「これはもしかしてこのまま泊めてくれる流れでは・・・・」と期待したんだけど、残念ながらただ自宅を見せたかっただけだった。でもありがとうね、おじぃちゃん!
と、ぶらり自宅見学からテネレんとこにもどると、、、
あっ!やっちまった、キーをOFFにするの忘れてヘッドライト点いたままだった!
案の定バッテリーがあがってエンジンがかからない・・・
出発時に持ってきたジャンプスターターは途中で膨張したので破棄しちゃったし、仕方がないから荷物を少し下ろして押しがけしようとするけどなかなか厳しい。
(※テネレはインジェクション車だけど、押しがけはできる)
そんなかんじであたふたしてると、、、ちょうど TOYOTAに乗った近隣住人が帰って来た。
古い車に乗ってる人は、こういう時何も言わなくても事情を一瞬で察知してくれる。
すぐにバッテリーを繋いでくれて 無事エンジン始動。ありがとう!いつも誰かに助けられる。
無事エンジンはかかったものの、予想外に時間が経っちゃったもんで 真っ暗になってしまった。
イタリアとはいえ、だんだん北にあがってきたからバジリカータ州とかに比べると そこらへんですぐ野営地を見つけるのはけっこう難しい。暗闇の中彷徨うことしばし、なんとか大丈夫そうな場所をみつけてテントを設営。
今日もいい日だった。
つづく